SSブログ

1981☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1981mark.jpg昭和56年 辛酉(かのととり)
_------.jpg

◯エルサルバドルで内戦激化。
◯イラン、米大使館人質444日ぶりに解放。
◯中国四人組の裁判で、江青らに死刑判決。
◯ポーランド、ヤルゼルスキー国防相が首相に。
◯米下院に日本車の輸入制限法案が提出される。
◯EC首脳会議で対日貿易摩擦を討議。
◯仏大統領選でミッテランが当選。
◯中国共産党が文化大革命を批判的に総括。
◯レーガン米大統領が中性子爆弾の製造再開を許可。
◯エジプト、サダト大統領が暗殺される。ムバラクが後任。
◯ポーランドに戒厳令。ワレサ「連帯」議長を軟禁。
◯オタワの先進国首脳会議で、ソ連の「脅威」について議論。

◉政府が2月7日を「北方領土の日」と決定。
◉鈴木首相がASEAN5か国訪問。フィリピンに420億円の円借款インドネシアに189億円を追加資金供与などを約束。
◉民社党佐々木委員長が「自衛隊合憲確認のための国民会議」を提唱。
◉国鉄経営再建特別措置法施行令を公布。赤字ローカル線77路線の廃止。
◉土光会長の臨時行政調査会が初会合。第1次で「小さな政府」を答申。
◉対米乗用車輸出自主規制、168万台で合意。
◉鈴木首相訪米。レーガン大統領と共同声明で日米「同盟関係」を謳う。
◉「同盟関係」には、軍事的側面は含まないと外交当局との間で軋轢に。
◉伊東外相と高島外務次官が責任を取り辞任。
◉飛鳥田社会党委員長、社公合意について事実上の凍結宣言。
◉新自由クラブと社会民主連合が衆議院に統一会派を結成。
◉鈴木首相、租税特別措置法の見直しなど増税を示唆。財界反発。
◉中道4党の幹事長書記長会談で合同の国会対策委員会設置など検討。
◉中国残留日本人孤児、初の正式来日。47人のうち26人の身元が判明。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。前尾繁三郎。福原麟太郎。谷内六郎。宮本常一。市川房枝。蜷川虎三。荒畑寒村。出光佐三。堀口大學。佐伯孝夫。水戸光子。五所平之助。大塚博堂。吉野源三郎。水原秋桜子。神近市子。向田邦子。湯川秀樹。石井光次郎。西尾末広。十河信二。伴淳三郎。芥川比呂志。小林勇。田辺茂一。横溝正史。ビル・ヘイリー。ルネ・クレール。ボブ・マーリー。宋慶齢。ウィリアム・ワイラー。カール・ベーム。ウィリアム・ホールデン。ナタリー・ウッド。

◎ローマ法王、マザー・テレサ、ワレサ「連帯」議長がそれぞれ来日。
◎「サヨナラ日劇」フェスティバル閉幕。日劇は48年の歴史に幕。
◎台湾で旅客機が墜落。向田邦子ら日本人18人も死亡。
◎三和銀行茨木支店の女子行員が、1億3000万円をオンライン悪用詐取。マニラで逮捕。
◎北炭夕張新鉱でガス突出事故。救援隊の10人を含む93人が死亡。火災発生で59遺体を収容できず注水。
◎ロッキード裁判丸紅ルート公判で榎本被告の元妻が、被告が5億円受領を認める発言をしていたと証言。「蜂の一刺し」発言。
◎食糧管理法改正、29年続いた米穀通帳が廃止される。
◎秋田市が空き瓶空き缶の改修事業を開始。京都市議会も初の空き缶条例を可決。全国で空き缶空き瓶の散乱と再資源化が問題に。
◎大蔵省が紙幣の全面デザイン変更。1万円札が福沢諭吉、5000円札が新渡戸稲造、1000円札は夏目漱石に。
◎宅配便の扱い量が1億個。郵便小包を抜く。
◎昭和55年の企業倒産件数が1万8212件で過去最高。
◎鳥取県の皆生温泉でわが国初のトライアスロン大会を開催。
◎東京銀座の昭和通りでトラック運転手が1億円入りの風呂敷包みを拾得。持ち主現れず、拾得者の所有に。
◎神戸の博覧会「ポートピア'81」開幕。
◎神戸市にわが国初となる新交通システム「ポートライナー」開通。

◎京大福井謙一教授が、フロンティア電子理論によってノーベル化学賞。
◎レコード大手13社が貸しレコード店など4社を著作権侵害で提訴。
◎山階鳥類研究所が沖縄本島山原8やんばる)地区で国内では62年ぶりとなる新種の鳥を発見。「ヤンバルクイナ」と命名。翌年天然記念物に指定。
◎教育社「ニュートン」創刊。科学誌ブームの先がけ。
◎常用漢字1945字を決定。昭和21年の制定以来、35年ぶりに改定。
◎奈良県明日香村の水落遺跡から、漏刻台の遺構を発見。
◎大型実用静止気象衛星、「ひまわり2号」初の自力打ち上げに成功。
◎東京神田の三省堂書店が改築開店。

■流 行:ノーパン喫茶・なめネコ・アラレちゃんなどのキャラクター玩具。
■テレビ:クイズ面白ゼミナール・北の国から・おれたちひょうきん族・放送回数6417回の『スター千一夜』が22年半の歴史に幕。
■邦 画:齋藤貞郎/子どものころ戦争があった・富野喜幸/機動戦士ガンダム・小栗康平/泥の河・相米慎二/セーラー服と機関銃。
■洋 画:デヴィッド=リンチ/エレファント=マン・フォルカー=シュレンドルフ/ブリキの太鼓・アンジェイ=ワイダ/約束の土地・スティーヴン=スピルバーグ/レイダース=失われたアーク《聖櫃》。
■ 歌 :寺尾聰/ルビーの指環・近藤真彦/ギンギラギンにさりげなく・松田聖子/風立ちぬ・竜鉄也/奥飛騨慕情・五輪真弓/恋人よ・山本譲二/みちのくひとり旅・都はるみ/大阪しぐれ・松任谷由実/守ってあげたい・松村和子/帰ってこいよ・西田敏行/もしもピアノが弾けたなら・杉田かおる/鳥の詩』南佳孝/スローなブギにしてくれ・中島みゆき/ひとり上手・矢野顕子/春咲小紅・薬師丸ひろ子/セーラー服と機関銃・来生たかお/夢の途中・石川ひとみ/まちぶせ・チャゲ&飛鳥/万里の河。
■ 本 :井上ひさし/吉里吉里人・黒柳徹子/窓ぎわのトットちゃん・田中康夫/なんとなく、クリスタル・安岡章太郎/流離潭・青島幸男/人間万事塞翁が丙午。
■ことば:校内暴力・ハチの一刺し・なめんなよ・ブリッ子・クリスタル・熟年。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/06 でんでんむし蛇足の記1981)
 BASICマシンが出たときに、“マイコンで株”というのが宣伝に使われた。自分で株価を入力していけば、ローソク足を描いてくれるというので、この手のソフトもいくつか出た。けれども、BASICで会社の実務に使えるプログラムをつくるのは大変である。
 そこへ登場したのがPIPS IIという、コマンドを組み合わせて、ある程度実用的な事務処理ができるようにしたシステムで、SORDといういまでいうベンチャー企業が売り出した。試しに使ってみたら、なるほどこれはこれでおもしろい。
 SORDの商売は、後にAppleがやることになるハードとソフトをセットで売る方式なので、会社でも一台入れて、実際に編集の事務的業務に使えるようにやってみた。本も出したりして、社長とも会ったりしていたが、結果的にはあまり一般的に広がらず、長続きしなかった。PIPS自体はその後もCP/M版やDOS版からWindows版まで、なんとか命脈は保ってはいたらしいが、そこまではおつきあいできなかった。
 1981年の夏には、アメリカではIBM PCが発表された。やはり、IBMが動くのとベンチャーがやるのとでは影響力がまったく違う。これの普及によって、Personal Computerもいよいよ実用の世界に入っていくことになるが、それはまだアメリカでの話。
 日本では、漢字が使えないと、やはり実用にはならない。それでも日立・シャープ・日本電気・沖・三菱・東芝・富士通・そしてソニー…と各電機メーカーがこぞってBASICマシンを出していた時代があった。雑誌も何種類も出ていて、それに載っていた広告や、ショウなどで配布されるパンフレットでは、各社がそれぞれに若い女性タレントを起用して宣伝にこれ努めていた。比較的後発だったソニーは松田聖子、富士通はなぜかタモリだった。それも今ではとても信じられないような時代であった、と言えるだろう。
 コンピュータももちろん素人のでんでんむしには、技術的なことなど詳しいことはさっぱりわからないのだが、ひょっとしたらこの時期に、将来の日の丸コンピュータを見据えた政策と企業マインドを合致させる可能性はあったのではないか、と今でも思うことがある。夢に過ぎない、といえばそれもあたっていよう。だが、この時期に夢見る日本人が、ひとりもこの世界に現れなかったことが、将来ともに情報機器分野でも完全にアメリカの支配下におかれることになってしまうのだ。これは素人の夢であった。
 価格も、だんだん安くなり、個人でコモドール・ジャパンのVIC-1001やHPのハンドヘルド機、そして最後には16ビットでカラー画面の富士通のFM-Vを買ったりして、あいかわらず遊んでいた。そういう状況がこれからまだ数年続くのだ。
 ビジネス書だけでなく、もっと多くの読者を引きつけられるような企画を、いろいろ考えなくてはならないが、やはり借り物や付け焼き刃ではうまくはいかない。自分自身のニーズを拡大して、またそれを絞り込み、普遍化する…。そういう作業が必要であった。
 いわゆる自己啓発書の分野でも、従来にない新しい切り口でノウハウを提供するという試み、たとえば人脈とか根回しとか…の本もなんとか成功した。会社のつくりかたの本も売れたが、朝日の広告で効果があるはずの、もっと一般書に寄った分野の企画が必要だろうと考えていた。
 それとても、自分でも興味があるところを、うまくピックアップしていかなければ売れる本にはならないだろう。
 そこで、地図がある。だが、これもまともに考えたのではごくマニアックな狭い本にしかならない。そういうのもあるが、ここはもう少し広げていきたい。ビジネスマンの一般常識科目としては、グローバル化という言葉はまだその頃にはなくて、せいぜいが国際化だったが、それがどんどん進もうというなか、世界情勢を知るネタを世界地図から拾ってみる、というのはどうだろうか。世界地図から、世界を知ろうというわけである。
 特別な発想ではないが、まだそういう本はどこからも出ていない。
 たまたま会員制の情報誌を出していた人がいたので、この人ならとアタリをつけて会いに行った。このケースも、著者とのノリもよくてたいした齟齬もなく原稿ができ、出してみるとこれがまたよく売れた。
 今でこそ、地図からなんとかといった類いの本はごまんと出ているが、この本はその先鞭をつけたとも言えるのではないか。
 世界地図があれば日本地図もある。それも当然考えていたが、そちらのほうは著者とのノリが悪くて、結局実現しなかった。
 編集者の苦労は、企画は考えても自分で書くわけではないから、それに関心があり書く力がある著者をいかに見つけてきてうまく実現させるかにかかっている。その点、企画も著者任せの編集にはない苦労が、「創作出版」にはよけいにあるのだ。
 _----.jpg
タグ:年表
きた!みた!印(36)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

きた!みた!印 36

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました