1172 鮫鼻=上閉伊郡大槌町吉里々々(岩手県)井上ひさしの「吉里吉里人」の「吉里吉里国」はココではないのだが… [岬めぐり]
鮫鼻というのは、船越湾の南岸、吉里吉里半島の北端にちぎれたように連なっている野島という小島の先端につけられた名である。
船越湾の南を仕切る吉里吉里半島は、船越半島の6分の1くらいしかなく、北へ向いてしゃくり上げている。上閉伊郡大槌町はこの半島をはさんでその北の浪板から、半島の南の大槌川河口までの海岸線をもつ。町域面積のほとんどは北西に延びる山の中で占められている。
町にとっては半島の北と南のわずかな平地が、人々の暮らす町の中心であったが、やはり例外なく大津波に押し流されてしまった。
鮫鼻は、バスが四十八坂を通る頃から、木立の切れ目にちょこっとだけ頭を出すが、浪板海岸に降りてきたところで、遠くながらもはっきりと姿が見えてくる。鮫鼻と野島の背後にあるのは、もうひとつ南の半島で釜石の御箱崎になる。
最高点が40メートルちょっとの岩島だが、その上には長い年月の間に木々が生えているのがわかる。
吉里吉里半島もいちばん高い筋山が204メートルに過ぎないが、人の手や足が入っているのは、北の吉里吉里漁港の周辺と、南の赤浜周辺だけである。
浪板から吉里吉里に下ると、バスは津波で壊れたまま不通になっているらしい湾岸の堤防道路の内側を進み、その堤防の護岸の下に吉里吉里バス停がある。
津波で変形したままの柵がある堤防道路の間から、見えるのは北の大釜崎で、鮫鼻も野島もここらへんまでくると半島の付け根にくっつきすぎてしまうので見えなくなる。
吉里吉里一丁目から四丁目までの市街地は、山際の一部を残して、大半が被災して跡形もない。がれきの処理だけはどうにか終わったかという道際に、大槌町の復興整備事業共同体の「この子らの未来のために」として、復興のイメージが描かれた看板が立っていた。
またしてもおもしろいことを発見してしまったのだが、この市街地は“吉里吉里”と住所表示がなっているが、鮫鼻の野島がある半島のほとんどは、住所表示が“吉里々々”となる。これが不思議なのは、浪板の付近も“吉里々々”で、細かくは“何番地割”のように数字で区分けされている。
どうやら、一丁目から四丁目まで以外は、全部“吉里々々”で、もともとはこれが正式な地名であったらしい。例の新住居表示は全部“吉里吉里何丁目”にしたかったらしいのだが、地元の反対にあって、あきらめたような形跡がある。それでも市街地だけは“吉里吉里”にし、駅名や郵便局なども“吉里吉里”にしてなんとか体面を保ったのではないか。
そういうわけで、吉里吉里の住所には“吉里吉里”と“吉里々々”がある…ああ、きりきり舞い。これもアイヌ語源で、砂浜を歩くときの擬音からきたものだという…。
やはり、念のために断っておいたほうがいいと思うが、井上ひさしの『吉里吉里人』の舞台は、名前は同じだが、ここではない。それは、作品の中で、
「……吉里吉里という地名は、いま問題を起している場所のほかに、岩手県の海岸部にもうひとつございましてね」
「それはきみ、山田線の吉里吉里だろう」
といった会話があることから明白である。
本に出てくる町はもともとが架空の場所だから探してもないのだが、「この地形は南北の縁を欠いたお盆にたとえることができる」ような北上川流域を想定して書かれているようだ。実在の町の名前を借りるのだから、そこがモデルだと言ってもいいのだろうが、そう特定することでどんなことが出来するか、賢明な作家には想像できたことであろう。そこで、ちょっとずらせて名前は借りるけれども場所は別のところ、という設定にしたのだろう。
だが、この小説が発表されてから、町ではこれを町おこしに活用したりして、その後あちこちにできた「ミニなんとか国」のハシリになって話題も提供していた。
ファンというのもおこがましくて言えないが、ご多分に漏れず井上ひさしの名前を初めて知ったのは「ひょっこりひょうたん島」だった。初めて買って読んだ井上作品は、新潮社から1971年に出た『表裏源内蛙合戦』であったが、それから10年後にやはり新潮社から出たのが『吉里吉里人』なのである。
いうまでもなく、この作家の魅力は軽快洒脱な言葉遊びとおもしろさの陰に隠れもなきアイロニーの味わいだろう。一見はちゃめちゃなドタバタのようにみえるなかに、鋭い風刺と問題提起がある。それは終り頃に近い作品『一分の一』(最近文庫になったので読んだ。講談社文庫・上中下)でも、遺憾なく継続され発揮されている。敗戦後の日本が戦勝国によって分割され、中央地区は四か国の共同管理地域になり、北ニッポンが共産圏になってしまうという設定でまじめにおかしい。
もし、井上ひさしが健在だったならば、この大震災をどういう設定につかって、どんな話をつくりあげただろうか、などと思ってしまう。
あ、鮫鼻の名ですか。これはもう“ジョーズ”の形しかないんでしょうね。
▼国土地理院 「地理院地図」
39.381485, 141.969422
東北地方(2014/11/05 訪問)
タグ:岩手県
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