SSブログ

1918☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

 われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…。この言葉を本のタイトルにしているのが、関野吉晴さんである。『グレートジャーニー全記録』(毎日新聞社、2006年刊)では、①移動編が「我々は何処から来たのか」②寄り道編が「我々は何処に行くのか」としているが、これもその冒険の壮途へのはなむけにもまとめにもぴったりなのだろう。
 また、ゴーギャンの絵を使っていたのはNHKで、連続して流していた『シリーズ世界遺産100』のタイトルに絵とフレーズをかぶせていた。個人的には、これと世界遺産を結びつけるのは、ツー・クッションぐらい必要なようにも思うが、まあそれもありなのだろう。
 でんでんむしが、この言葉に行き着いたのはずっと昔のことで、なんで啓発されたのかもよく覚えていない。だが、極めて個人的なその興味の持続する延長線上に、歴史があり、生物学がある、考古学があり、地質学があり、天文学があり、そしてSF…があったのである。
 年表ほど具体的にその一面を捉えて展開してくれるものは、ほかにないようにも思うのだが…。

1918mark.jpg大正7年 戊午(つちのえうま)
_------.jpg
◯ウィルソン米大統領が14か条の平和原則を教書で発表。
◯グレゴリオ暦を採用。
◯全権トロツキーが対独・オーストリアとの戦争終結を宣言。
◯リトアニアが露帝国からの独立を宣言。
◯エストニアが露帝国からの独立を宣言。
◯ポルシェビキ党中央委員会が講和受諾。
◯ソビエト政権とドイツとの間でブレスト・リトフスク講和交渉。無併合・無賠償のソ要求でいったん決裂するが、その独が巻き返し首都陥落の危機に陥った後に譲歩、締結される。
◯英・仏などの対ソ干渉軍がムルマンスクに上陸。戦争を開始。
◯ソビエトがペトログラードからモスクワに移動、首都とする。
◯グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンが独立を宣言。
◯独、西部戦線で大攻勢にでる(カイザー戦)。第二次マルヌ会戦。
◯独、パリ砲(クルップ長距離射程大砲)でパリを砲撃。
◯ソビエト政権がソビエト憲法(戦時共産主義)を採用。元ロシア皇帝ニコライ2世とその家族5人、従者4人が銃殺処刑。

◯独、自由主義者マックスが首相に。米に14か条による休戦を提案。
◯ハンガリーがオーストリアからの分離・独立を宣言。
◯チェコがオーストリア=ハンガリー帝国から独立宣言。
◯ユーゴ国民評議会がオーストリアからの分離・独立を宣言。
◯トルコに次いで、オーストリアが連合国に降伏。
◯ベラルーシ、独立宣言。
◯ポーランドがソビエト連邦から独立・共和国宣言。
◯独のキール軍港で水兵が反乱を起こす。ベルリンで労働者が蜂起。ドイツが共和国を宣言(ドイツ革命)。
◯独皇帝ヴィルヘルム2世がオランダに亡命。
◯独が休戦協定に調印し、第一次大戦が終結。死者1000万人、負傷者2000万人。
◯オーストリア、カール皇帝が退位。
◯セルブ・クロアート・スロベーヌ王国(後のユーゴスラビア)樹立宣言。◯エストニア、ラトビアでソビエト政権。
◯孫文が大元帥を辞任し、日本に亡命。
◯南北に分かれて争っていた中国に、ロシア革命の影響が広まる。

◉日本政府が日米共同出兵同意をアメリカに回答。
◉居留民保護を名目にウラジオストックに軍艦2隻を派遣。
◉シベリア出兵を宣言。
◉米価暴騰。大阪堂島米穀取引所、定期取引無期停止。
◉東京、名古屋の米穀立会所も立ち会い停止。
◉寺内内閣総辞職の後をうけ、原内閣成立(日本最初の本格的な政党内閣)
◉第一次世界大戦の休戦で物価と株価が暴落。
◉この年の冬からスペインかぜが大流行。死者続出で火葬場が大混乱。翌年にかけて全国で15万人が死亡。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。秋山真之。島村抱月。グスタフ・クリムト。クロード・ドビュッシー。マンフレート・フォン・リヒトホーフェン。ニコライ2世。

◎富山県西水橋町で米騒動が起こる。京都・名古屋・東京。九州と全国に波及。70万人以上が参加。
◎米価が大暴騰し、米市場が大混乱。
◎米騒動は37市、134町、139村に及び、検挙者数万。騒動の新聞記事を差止め。これに反発して白紙の紙面も。
◎宇部炭鉱などで米騒動に伴うストライキが暴徒化。
◎寺内内閣弾劾記者大会の大阪朝日の記事が問題化。
◎黒竜会壮士が朝日新聞社長村山竜平を襲撃。(社長辞任)
◎北海道帝国大学(北大)、東京女子大学が創立、開校。
◎東北地方に大雪。新潟の雪崩で157人、山形の鉱山で154人が死亡。
◎飛騨地方に1か月降り続いた雪で交通遮断。岐阜県坂下村では住民300人が餓死し一村全滅。
◎水戸市で大火、1100戸焼失。原因は汽車の火の粉。
◎近畿山陰地方、北海道に台風被害。死者・行方不明者が263人。
◎日本郵船の貨客船「平野丸」が、アイルランド沖で独Uボートに轟沈され120人死亡。
◎カムチャッカへ航行中の汽船「第二勢至丸」が沈没、139人が遭難。
◎石川島造船所が自動車製造に乗り出す。(いすゞ自動車の始まり)

◎東京市でごみ収集を全区直営に。
◎東京市が主要道路で散水車を走らせる。
◎生駒山に初めてのケーブルカー。
◎日本の総貯金額は5億円で世界第3位の貯金国に。
◎スペイン風邪の影響で“マスク”がその言葉とともに流行。
◎丹那トンネル、着工。(完成は昭和8年)
◎大阪の市川兄弟商会が魔法瓶の製造を開始。象のマークを使用。
◎三菱商事の開業。
◎森永ミルクチョコレート発売
◎東京日本橋の並木製作所がパイロット万年筆発売。
◎サンフランシスコから神戸に入港した船の冷蔵庫で保存された初めてのアイスクリーム。
◎三菱造船神戸造船所で初めて潜水艦の建造を開始。
◎神戸の三菱造船の労働者が暴動。鈴木商店の焼打ちに発展。
◎富山の永野豊造が、チューリップの球根栽培を始める。

◎『社交秘訣是丈は心得おくべし』(加藤美侖・誠文堂刊)を始めとする『心得おくべし』シリーズ12点が、総計120万部のベストセラーに。
◎三浦環、メトロポリタン歌劇場で『蝶々夫人』を歌う。
◎徳島の独捕虜収容所で、日本初の“第九”演奏。
◎大阪毎日新聞が、兵庫版の付録で初の新聞記事口語化を試行。これがきっかけとなって、新聞記事の口語化が進む。
◎『尋常小学国語読本』(ハナ、ハト、マメ、マス)発行。ほかに『尋常小学修身書』『尋常小学算術書』『尋常小学地理書』も。
◎イマヌエル・カント『実践理性批判』波多野精一・宮本和吉訳刊。
◎武者小路実篤『新しき村』創刊。宮城県木城村に新しき村建設。
◎鈴木三重吉『赤い鳥』創刊。“童謡”という言葉はここから始まる。
◎流行歌:のんき節・鴨緑江節・宵待草・コロッケの唄・浜辺の唄など。

dendenmushi.gif(2014/07/31 でんでんむし蛇足の記)
 第一次世界大戦が集結するが、このなかでロシア革命の影響が、周辺旧露帝国版図に及び、独立を促すことになり、一方独側でも同様に帝国の軛が解けることによって、世界地図がまた塗り変わっていく。 
 日本もどさくさに紛れてのシベリア出兵。国内では、労働者のストライキや米騒動が過激化している。 
 この当時の日本人は結構血の気が多く、騒ぐことが多かったのは、それだけ生活が厳しく追い詰められていて、政治と生活の間にギャップが大きかったのだろう。 
 社会的なモラルも、今の日本人のように世界から注目されるほどお行儀がよかったとはいえない現象もあったようだ。 
 この年から世界的大流行となる「スペイン風邪」。免疫がなかったためと言われる、世界中で感染者が6億人というインフルエンザのパンデミックは、これが世界大戦の終結を早めたともいわれる。その名前から、発生源はスペインだろうと思ってしまうが、これが実はアメリカ。 
 世界大戦の中立国であったスペインでは情報統制もなく、そのために最初に世界的流行のニュースを発信しただけでそう呼ばれることになる。 
 でんでんむし家にも、この「スペイン風邪」が大きな影響を与えることになるのだが、この年にはでんでんむしの母と叔母が、広島で生まれている。
_----.jpg

タグ:年表
きた!みた!印(20)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

きた!みた!印 20

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました