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でんでんむし@アーカイブス★むかしの人は言いました=その02 臨時特別連載「道歌」 [番外DB]

 「道歌」の作者は誰か、どういう人たちだったかというと、無名の人から有名な人まで、さまざまです。が、そのほとんどは「詠み人知らず」か、あるいは作者がわかっていても、その名前から離れて、名前は取れたままで人口に膾炙し、拡散していった…。そういう経過をたどったものが多かったように思われます。
 つまり、多くは作者は関係なくなってしまう。そういう伝え方、伝わり方をしていたのも「道歌」の特徴と言えるのかもしれません。
 でんでんむしなどは、「為せば成る…」というやつに感銘したこと、うーんそうだな、そうありたいものよと、中学生の頃これを書いて机の前に貼っていました。
 これは、現在では上杉鷹山の「伝国の辞」に付随して、後継者に伝えたものとして知られていますが、こういうのにも実は元ネタ(武田信玄の名言・「書経」)があるのです。だから、まったくの鷹山オリジナルとも言えないのですが、道歌から作者の名前が取れたということは、独創性や芸術性が重要事ではなかったから、とも解釈できます。
 いま思い出せないのですが…、なかには、天皇の御製なんかもあったはずです。だから、コレが道歌だぞうといってつくったものではなく、これは使えるというものが道歌として定着していった、そういう歌も多かったと考えられますね。

kokoro.jpg
02 mark.jpg せばなる…


なせばなる なさねばならぬ なにごとも 成らぬは人の なさぬなりけり

一筋に 思い射る矢の 矢先には 堅くと見ゆる ものなかりけり

虎とみて 石にたつ矢も あるものを なぞか思いの 通らざるべき

おしどりの みなるるほどは つれなきを 下苦しとは 知るらぬや人

見ればただ 何の苦もなき 水鳥の 足に暇なき 我が思いかな

雨霧に うたるればこそ 紅葉葉の 錦を飾る 秋はありけれ

井戸掘りて 今一尺で 出る水を 掘らずに出ず という人ぞうき

憂きことの なおこの上に つもれかし かぎりある身の 力ためさん

惜しまれて 玉となる身は いさぎよし 瓦とともに 世にあらんより

思うままに ならで逆目に 立つ板は おのが鉋に 錆のあるゆえ

重くとも 我が荷は人に 譲るまじ 担うにつけて 荷は軽くなる

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dendenmushi.gif(2014/03/18 記)
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タグ:道歌
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