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632 鋳釜崎=東津軽郡今別町大字大泊(青森県)昆布浜は今は昔の松前街道を不機嫌バスは行く [岬めぐり]

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 今別町は、1955(昭和30)年に、今別村と一本木村が合併して生まれた。三厩が外ヶ浜町になって、北も南も外ヶ浜町に挟まれても、あえて合併にも応じなかったが、その人口はわずかに3,471人、1,577世帯に過ぎない。津軽海峡に面して軽く湾曲する、東西17km、南北14kmほどの小さな町である。集落は、そのほとんどが海岸線と今別川流域に集中してある。
 今別の町と港は、その昔は真昆布の積み出しで栄えたのだという。人間は陸地には見えない線を引いて、互いに領分を主張する。海の上にもその線はあるが、国境とかでない限り、海の上の線は限りなく不明確である。その分、漁師のほうがこだわりがない。それぞれ属する行政区域では、外ヶ浜町と今別町に分かれているが、海では一緒ということだろうか。
 2年前のこと、今別町東部漁協、西部漁協、竜飛漁協が合併して「竜飛今別漁協」ができたと、町の紹介のなかの「町の軌跡」最新記事にそうあった。三厩と今別の海は、まことひとつながりである。
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 津軽半島は、その先端が二つの出っ張りに分かれていて、西の尖った出っ張りが龍飛崎で、東の丸い出っ張りを今別と外ヶ浜で分けあっている。
 その出っ張りを切り取るように谷が走り、国道14号線が標高180メートルの小国峠を越え、津軽線の線路も津軽海峡線の津軽トンネルも通っている。
 なんでも、計画中の北海道新幹線も、ここを通る計画で、今別二股付近には新駅も予定されているようだ。その名も「奥津軽駅(仮称)」。開業予定は5年先であるという。
 とにかくやたら先を急ぐ現代では、道路も線路も最短距離を目指すが、昔の松前街道はむしろ小国峠の山中横断を避け、津軽海峡に面した出っ張りの海岸線を、ひたすら丸く大きくなぞりながら往来した。歩くということが、最も確実で一般的な移動手段であった時代、蝦夷地を目指す人々は、この松前街道を蟹田から、平舘を経てへ今別へ向かっててくてくと歩いたのだろう。
 そのルートは、現在の国道280号線にあたるが、奥平部地区では海岸線の道も狭く曲がりくねっていて、多少の難所もあったことだろう。
 10年前に青森市営バスの蟹田・三厩線が廃止になり、今別町巡回バスが代替運行を開始した。今別町の岬めぐりは、このバスに乗って最北部の高野崎まで行く。
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 鋳釜崎は、その手前にある岬である。付近は凸凹の岩場の続くところで、袰月海岸という景勝地にもつながる。
 鋳釜崎へ行くため、途中でバスを降りようかとも思ったが、どうも集落の間でわざに降りるほどのことでもないらしい。おまけに、このバスの運転手がコワイ。乗客は年寄りばかりで言うこともやることも要領を得ないが、ボタンを押さなかったとか、もっと早く言えとか、なかなか乗客に対して高圧的で不機嫌な顔をして文句を言う。
 よほど満たされない想いを抱えて、どうしょうもなくなっているのだろうか。まだ若い人なのに、気の毒だ。
 今別町の巡回バスは、病院通いの路線が別にあったのを統合したと、どこかに書いてあった。そういう路線や巡回バスを町が運営していることの要旨を、よく理解しない人でも車は運転できる。
 高野崎はどこで降りるのか聞きたかったけれど、そんな雰囲気でもない。地図を眺めていると、隣にいたお年寄りがどこへ行くのかというので答えると、それならと親切に教えてくれた。ありがとう。
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 そんなこんなで、鋳釜崎の写真は、バスからはほとんど撮れず、高野崎方面から眺めた分で…。
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 その名前がついたところを見ると、海岸には鋳物の釜のようななにかがあったのかも知れないが…。
 鋳釜崎の南に街道沿いに並ぶ集落と浜小屋は、その昔に与茂内の浜が「昆布浜」と呼ばれたという往時の名残りなのだろうか。
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▼国土地理院 「地理院地図」
41度13分15.26秒 140度31分39.53秒
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dendenmushi.gif東北地方(2010/07/01 訪問)

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タグ:青森県
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