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514 帷子崎=須崎市浦ノ内下中山(高知県)海も浜も遠く故郷さえもなお遠くして [岬めぐり]

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 別に関連はないのだろうけれど、ツヅラの次がカタビラときた。
 こうしてみると、日本語にも絶滅危惧種がたくさんあると、今更のように思う。「とばり」という字に「帳」を当てるようになって、「帷」などという字は、地図上の名称くらいしか、使われることもないのだろう。
 誰が決めたのか知らないが、天気予報が「宵の口」という言葉を追放した頃から、もういちいち憤慨するのもバカらしくなってしまったが、「夜の帷が降りる頃…」(あれ、これ書いていてふと思ったけど、これ“ジェット・ストリーム”にありましたかね)などという表現は、もともと話し言葉ではないので、文学の世界でしか日本語を保護できる場所はないのかも知れない。だが、これがまた、最近は頼りにならない。
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 ツヅラ崎の手前から、もうすでに土佐市を離れ、須崎市に入っている。この岬は、約1キロ程の長さで、土佐湾に向かって突き出している。両側は切り立った崖のようになっていて、付け根の太いところでも幅が200メートルもないくらいの細長い岬である。
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 この細長い岬の東半分が下中山という字名で、西半分は浦ノ内今川内という字名になる。
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 この姿を薄絹の帷に例えるのは、ムリがあるとは思うが、細い尾根は衝立のように見える。この半島の南側の海岸は、すべておおむねこんな感じで、砂浜は小さくて狭くて使い道はないらしく、海岸に集落がある場所は須崎市の池ノ浦と久通の二か所しかない。
 やっぱり、海が遠い海岸なのである。
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 帷子崎の上を走る道路脇には、駐車スペースがあり、車を停めてひと休みする場所になっている。そこには、岬の標識板と並んで、明徳義塾の生徒達が描いた看板も立っている。自動車道から北へ下る枝道のところには、学校の案内板が鳥獣保護区の赤い標識と並んでいる。
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 明徳義塾は、竜岬に国際キャンパスがあったが、その本拠はこの帷子崎の北側の、横波三里の堂ノ浦の盆地のような地形の中に固まっている。
 中高一貫のこの私立学校の名前は、ご多分に漏れず甲子園で初めて聞いたのかも知れない。あるいはほかのスポーツ(相撲とか)だったのかも知れないが、相撲には興味がないので、やはり野球だろう。それでも高知といえば、高知商業、高知高校?という時代が長かったので、この学校が野球で全国に名を売ったのも、そう大昔からのことではないのだ。
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 それはともかく、こんな人里離れた山の中では、通学することもできないだろうから、全校全寮制なのだろう。とすると、これはまた今どきめずらしい、なんとも浮世離れした世界ではある。
 とはいえ、全生徒になんらかのクラブ活動を義務づけしているというのも、県外や海外から受け入れている生徒が7割というのも、こういう立地条件や学校の特殊性故のことで、親元から遠く離れて勉学に励むことができるそういう場所の提供も、教育の多様性を考えると意義があることなのだろう。
 例の元横綱の下の名前ね、“明徳”というのですよ。どうやら、この学校が日本に連れてきたかららしい。

(2010/02/28記 2010/03/21Vol.2から移転統合)

▼国土地理院 「地理院地図」
33度24分30.47秒 133度25分42.62秒
katabiraM.jpg
dendenmushi.gif四国地方(2010/01/21 訪問)

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タグ:高知県
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