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番外:なぜ「みさき」なのか? [番外]

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 世の中に、いわゆる「熱中人」は数多く、その分野・ジャンルからテーマまでも、実に広範囲で、人々が熱中するものはさまざまである。そういう人たちの中には、とてもとてもでんでんむしなどには到底マネができんワイ、恐れ入りましたというようなものも多い。
 ブログをいくつかやった経験からも、“へそまがり道”に反しない程度で、なるべく他人の後を追いかけるのではなく、同じやるなら誰もやらないようなことを、自分自身が信念をもって続けられるようなことを看板にしたい、そう考えた。
 それで、それまで長年こころのなかで意識し続けてきたこと、けれどもまったくバラバラで、ちっとも徹底していないことをテーマに取りあげることにしたのだが、それが「岬めぐり」だった。
 なぜ「みさき」なのか?
 それもよくある質問(もちろん宣伝もお友達づくりもしない“ひきこもりブログ”なので、そんな質問はほんとうは“たまにしかない”のだが、基本のハテナ)なので、お盆休みのヒマネタとして、今日はそんなことを説明しておくことにしよう。
 多くのことがそうであるように、岬めぐりも最初から現在のような形を考えていたわけではない。けれども、その原点は?と問われれば、それはまだ10代の終り頃に、北アルプスに登って、その帰り道で芦原温泉で疲れを癒し、ついでに足をのばした「東尋坊」がそうであった。
 それまで、海といえば瀬戸内海しか見たことがなかったので、初めて見る日本海だった。天気のよい夏の日本海は、おとなしいものだったのだろうが、それでもその荒波に接して、そそり立つ断崖の岩が続くさまは、なかなか印象が深かった。
 そのとき、漠然と感じたことは「ああ、ここでもう地面は終ってしまうのだなあ。ここから先へは人間はもう歩いて行くことはできないのだなあ」というバカみたいな感想だった。
 それともうひとつ、打ち寄せしぶきをあげて砕け散る波に、あくまで逆らうが如くに、その絶え間ない侵食から、大地を守り続けている断崖が、けなげなものにも写ったのである。
 その印象が、ずっと尾を引いていたのと、太平洋を行く船の上から潮岬を眺めたときの感慨とドッキングしていった。
 潮岬の項で、そのことは既に書いたはずなので、その船旅の由来は省略するが、海の上で十何時間も陸地を見ないでいると、たまに見える陸地は、奇妙な安堵感を与えてくれる。
 そういうときも、まず一番に見えるのが岬である。潮岬のようなところでも、それがぽつんとした小島のようにしか見えなかった。けれども、そこから奥に、われわれの暮す大地が続いているのだ。
 でんでんむしは、“隅っこ・端っこ”が好きなのである。真ん中にいるとどうも頼りなくて落ち着かない。それも岬につながるかもしれない。おまけに、人が大勢おしかけるようなところはあまり好きでなく、行列をして待つなど言語道断なのであって、それより無名でも誰も行かなくても、どんな場所でもなにかがある。
 いや、やはりそれよりも、地図好きのほうが、納得のいく説明になるのだろう。地図を眺めていると、日本は小さな島国で、でこぼこが多い。
 この出っ張っているところは、ほほう○○岬というのか、ここは□□崎で、ここが△△鼻かあ。ここは、いったいどんなところなのだろう。
 それは、断崖でなくとも、荒磯でなくとも、わざわざ名前がつくのには、相当のいきさつと理由があってのことだろう。
 そうした思いが重なっていくうちに、できるだけ機会をつくっては、そうした出っ張りを訪ねて行くようになった。
 ただ、会社勤めの身、現在のように週休二日など夢のまた夢、まして薄給の身では、そうそう簡単ではない。
 細く長く、途切れがちになりながらも、少なくとも地図の上では絶え間なく続けてきのが「岬めぐり」だった。
 日本全国、文字通り津々浦々の突端出っ張りを訪ねて歩くのは、楽しいだろうな。そのうち、「沿海図」を作成した伊能忠敬の測量隊も、同じ道を歩いたかもしれないという、当然のことにもハタと気がつく。
 そうなるともう、自分の進む道はこれしかないと、確信できる。
 日本は「岬大国」ではないか、という常連コメンテーターさんの声もあったが、恐らくそれは間違いない。ほかの国のことを調べたわけではないので、厳密な比較はできず、あくまでも感覚と想像の域をでないが、恐らくそうであろう。
 最初、このブログを起こして、データ整理を始めるときに、考えていたタイトルの候補があった。
 「ここに地終わり、海始まる」
 ヨーロッパ人の感覚では、地の果てという感覚が最もふさわしいのであろう。詩人は、ユーラシア大陸最西端の岬である「ロカ岬」をこう謳った。
 今や有名観光地で、日本人の旅行者も数多く行っていることだろうが、やはりこれもすでに有名になって膾炙しているとはいえ他人のマネ。
 それに第一、でんでんむしの岬めぐりは、日本の岬限定である。まったく知らない読んだこともないポルトガルの詩人の詩を引っ張ってくるのは、宮本輝がこれをタイトルに小説を書くのとは、いささか事情も違う。
 というわけで、これは不採用になった。
 だが、気分としては、最初に東尋坊で感じた印象は、ひとことで言い表せば、そういうことになる。詩人の偉大さは、多くの人のこころを端的に代弁することにあるのかもしれない。
 しかも、地図上で名前のついている岬・崎・鼻を対象とするでんでんむしの岬めぐりは、そうした「地の果て・最果て」的なエース級の岬も多いとはいいながら、実はその多くほとんどは、誰も知らない、誰も行かない、地方の田舎の、人里離れた僻地の出っ張り・突端がその中心を占めている。
 そうすると、おのずからまた違った理由づけも必要になりそうだ。
 いつも、そういうとき岬と相対して思うのが、「なんで、おまえさんだけが、そんなふうに出っ張って、突っ張っているんだろうねえ」ということである。
 岬は、どれも似ているようで、どれも違う。周囲の地形や、人間との関わりや、その地域の歴史や、さまざまなことに思いは飛んでいく。
 それを、自分自身の記録として書き留めているのがこのブログで、「岬評論家」は「岬の評論」であったり、「岬での評論」であったり、さまざまだが、この「自称岬評論家」という肩書きは気に入っている。「自称プロサーファー」ほどのいかがわしさもないのでなかなかいいし、と思っているのだが、いかがなものであろうか。
(2009/08/14)
タグ:地図 全国
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dotenoueno-okura

拙者が熱中しておる土手歩きはのう、そもそもは単なる肥満防止のための思いつきでござった。それが20年近くも続いたのは何よりも「近くにあってタダ」だからだが、「ひとけがなく景色がいいから」ともいえる。その点では岬めぐりと似ておるが、なるほど貴殿の場合は確信犯(?)でござるなあ。
隅っこ・端っこ好きはご同様。関宿や市川で「土手の尽きたところ」に立ったときの感慨は推察いただけよう。もっともこの細い道を歩くとき、拙者は中央を闊歩いたす。交通規則が不徹底で、右や左の端っこ沿いに来る仁とのすれ違いのストレスを避けるためじゃが。
川や山あるいは岬に比べて名前がつかない半島が多いのは「実用的な必要性が少ないから」(前回)とはまさに卓見、かような考察をした先人はないと存ずる。
さよう、東尋坊でござるか。これまで各地の岬をご案内いただいたが、じつは最も印象深いのは昨秋の石川県シリーズで、能登半島や七尾あたりの情景は「行ったことがないだけにいっそうイメージがふくらむ」のでござる。

by dotenoueno-okura (2009-08-14 09:29) 

dendenmushi

@はしっこのほうが、全体がよく見えるということは、明らかにありますね。真ん中にいたたのでは、わからないことがわかったり、見えないものが見えたりする。
 もちろんこれも、あとづけですが…。
 石川県はね、能登も東海岸と西の七尾湾では、まったく違いますのでね。今度は、東側にも行かないと…。
 さすがに、お盆休みなどは、メールも来ないし、ブログを見てる人なんかも少ないのでしょうなあ。
 崎屋のニュースでは、高速道路の渋滞、30キロ、40キロはザラですよ。ごくろうさんだなあ、まったく。
 もっとも、われわれも、若い頃は小さなこども連れて、帰ったりしていましたからねえ。
by dendenmushi (2009-08-16 07:06) 

middrinn

宮脇俊三のことを、連想しましたよ(〃'∇'〃)
続く者が現われ「鉄」みたいになるかも^_^;
by middrinn (2018-08-25 12:09) 

dendenmushi

@いやいや、確かに編集者というところだけは一緒ですが、足元にも及びません。あまり紀行文は好きじゃない(自分のは単なる雑文ですから)ので、ほとんど読んでいませんが、わたしとしては内田百間のへそ曲がり度や田山花袋の意外性(「田山花袋の日本一周」という本全3巻をだしている)のほうを…。
by dendenmushi (2018-08-26 07:30) 

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