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1959☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1959mark.jpg昭和34年 己亥(つちのとい)
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◯キューバでカストロの革命軍がバチスタ政権を打倒。カストロが首相に。
◯米、ダレス国務長官辞任。
◯ジュネーブで米英仏ソの四国外相会談。ベルリン、ドイツ問題など協議。
◯米、IRBMにサルを乗せたジュピターを発射。
◯ソ、犬うさぎを乗せたロケットを発射。
◯米、アラスカに次いでハワイが50番目の州になる。
◯ソ連の宇宙ロケットが月面に着弾。
◯フルシチョフがアメリカ訪問。国連総会で軍備全廃演説。キャンプ・デービッドでアイゼンハウワーと会談。
◯ソ連が宇宙ステーションを打ち上げ、月の裏側の写真を公開。

◯英・ギリシャ・トルコでキプロスの独立を認める協定調印。
◯チベットで反乱。中国地方軍がラサを全面攻撃。地方政府を解散。反乱軍本拠を占領。
◯ダライ・ラマの亡命をインドのネール首相が受け入れる。
◯シンガポールが独立(英連邦)。
◯南アフリカのダーバンで黒人の暴動。
◯ラオスでパテトラオが蜂起、内戦が再開。
◯中印国境で武力衝突。
◯アルジェリア臨時政府がド・ゴール仏大統領の和平提案を条件付受け入れ。
◯フルシチョフ訪中するも共同声明なし。中ソ対立を浮き彫りに。
◯ラオス王国軍が権力掌握。

◉浅沼訪中視察団長、北京で「米帝国主義は日中共同の敵」と発言。
◉自衛のための敵基地攻撃は合憲と、政府統一見解。
◉東京地裁、安保条約による米軍駐留は違憲と判断。(砂川事件伊達判決)
◉皇太子結婚で、4万8738人が特赦・減刑・執行猶予・復権。
◉安保改定阻止国民会議の結成。
◉安保阻止第八次統一行動のデモ隊2万人が国会を囲む。
◉三井鉱山が指名解雇強行で、三井三池争議。
◉日本原子力発電に英コールダーホール原子炉の設置許可。
◉最高裁が、駐留軍は日本の戦力ではないと砂川事件伊達判決を破棄。
◉日朝赤十字による朝鮮人の北朝鮮への帰還第1船が新潟港を出港。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。鳩山一郎。高浜虚子。永井荷風。金森徳次郎。芦田均。苫米地義三。3代目中村時蔵。五島慶太。阿部次郎。高島象山。北大路魯山人。セシル・B・デミル。フランク・ロイド・ライト。ジョン・フォスター・ダレス。ビリー・ホリデイ。

◎皇太子成婚式。テレビ中継の視聴者は1,500万人と推定。これを機にテレビ普及に拍車。
◎三重県警が山岸会(世界急進Z革命団)を手入れ。
◎田中聡子が200メートル背泳で世界新記録。
◎日産自動車がダットサン・ブルーバードを発売。(マイカー時代へ)
◎最高裁が松川事件の差し戻し判決。
◎台風15号中部地方に大被害。伊勢湾台風と命名。死者5041人、57万戸被災。
◎西尾末広ら安保問題の食い違いから離党。33人が社会クラブ結成。
◎水俣病問題、漁民1500人が新日本窒素水俣工場に乱入。
◎東京で個人タクシー173人に営業許可。
◎メートル法の実施。ただし、“坪”だけは昭和41年まで認められた。
◎国税庁が、東京銀座4丁目角を坪156万円と評価。
◎第3次南極観測隊が昭和基地で1年間生き延びたカラフト犬タローとジローを発見保護。
◎関西電力の黒部トンネルが貫通し、大町トンネルと直結。
◎オリンパスペン発売。
◎決定済みの東海道新幹線計画に新運輸省が駅を追加。岐阜羽島駅。政治駅として問題化するが、その後開業した駅前にはその政治家夫婦の銅像が建った。
◎全国の会社数が50万社を超える。

◎朝日新聞社「朝日ジャーナル」を創刊。
◎音の出る雑誌「朝日ソノラマ」創刊。ソノシート普及。
◎米マックスファクターが日本進出。ミス・ユニバース1位になった児島明子を専属モデルに。
◎読売新聞社が「日本の歴史」全12巻の刊行開始。これ以降歴史本ブーム。
◎講談社「週刊少年マガジン」、小学館「週刊少年サンデー」が同日創刊発売。
◎東京後楽園球場の読売対阪神の試合を天皇が観戦。長島が村山からサヨナラホームラン。
◎スキー3冠のトニー・ザイラーが来日。スキーブーム。
◎この年下期から翌年下期にかけて“岩戸景気”。

■流 行:ミッチーブーム。週刊誌ブーム。
■テレビ:スター千一夜・ローハイド・番頭はんと丁稚どん・兼高かおる世界の旅。
■邦 画:小林正樹/人間の条件・内田吐夢/浪速の恋の物語・斉藤武市/ギターを持った渡り鳥。
■洋 画:アンジェイ=ワイダ/灰とダイヤモンド・ルイ=マル/恋人たち・クロード=シャブロル/いとこ同志・ミケランジェロ=アントニオーニ/さすらい・シドニー=ルメット/十二人の怒れる男。
■ 歌 :ペギー=葉山/南国土佐を後にして・水原弘/黒い花びら・フランク永井・松尾和子/東京ナイトクラブ・
■ 本 :安本末子/にあんちゃん・三島由紀夫/不道徳教育講座・正宗白鳥/今年の秋。
■ことば:わたしの選んだ人・カミナリ族・タフガイ・岩戸景気・神風タクシー・白タク。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2014/12/04 でんでんむし蛇足の記)
 映画推薦委員のひとりYさんは、なかなかの理論派で、彼が当時熱心にイチオシ(これは今の言葉だが)していたのが、アンジェイ・ワイダであった。1956年の「地下水道」に続いて、この年には「灰とダイヤモンド」が話題を集めた。だが、正直に言って、評論家大絶賛のこの映画のいったいどこがそんなにすばらしいのか、よくわからないのだった。
 それよりも、素直に感動できたのがシドニー・ルメットの「十二人の怒れる男」で、レジナルド・ローズの脚本のみごとにうなってしまった。この頃すでに、映画はカラーで大画面に大勢が移行しつつあったが、白黒の小さな画面で、しかもほとんどが裁判所の法廷と陪審員室の狭い空間だけ、おまけに監督は舞台の人というこの映画こそ、もっとも映画らしいような気がした。
 改めて朝から映画館に座ったまま、3回もたて続けにみてしまった。(当時は、入替え制ではなかった。)
 日本映画にもいい作品はたくさんあって、この時代は東宝の黒沢明に松竹の木下恵介が張りあい、小津安二郎や溝口健二などの大御所も健在で、市川崑がいてそこへ成瀬巳喜男や今井正らの作品を痛烈批判した増村保造が飛び込んでくるなどなど…といった、まさに百花繚乱の時代であったともいえる。
 だが、個人的な好みで言えば、どちらかというと洋画のほうがおもしろいと思っていた。このしばらく後になるが、“自分なりの映画ベスト3”をムリにでもと考えてみたことがある。その結果は、
  「十二人の怒れる男」・「第三の男」・「七人の侍」
である。ずっと後になってこれに「2001年宇宙の旅」が加わって、ムリヤリベスト4になるが、これは現在に至るまで変わらない。数字がついた題名ばかりになったのは偶然で、なにも意図的ではないが、やはり感受性の鋭い若い頃に観た作品のほうが印象が強いということだろう。(「第三の男」の場合は、映画史的な意味から外せないと思ったことも、ここにあげる要素になっている。)
 委員ではなかったが製菓会社のSさんも親しくしてくれて、この人とその同僚と3人でこの夏には北アルプスへ登った。
 でんでんむしは、この頃のろのろと中国山地の山々をあちらこちら一人で歩き回っていた。そんな山歩き話から、自分たちの計画に熱心に誘ってくれたのだ。
 北アルプスとなると、一人でふらふらとも行けまい。これは二度とないチャンスかも知れないと、お誘いに応じて連れていってもらうことにしたのだが、実際に、名古屋から松本へ入り、大糸線の有明から燕岳・槍ケ岳・徳沢・上高地・八方尾根・唐松岳・祖母谷・欅平・黒部・富山…という、この山行きが最初で最後の貴重なアルプス登山体験になった。
 この最後の行程で東尋坊へ寄り、それが「岬めぐり」の原点になったことは、前にもどこかで書いた。
 レジナルド・ローズや橋本忍のような脚本は、とうてい自分には書けないだろうということは、当然わかっていた。だが、「キネマ旬報」だったか「映画評論」だったかの広告で、“シナリオ研究生募集”の文字をみたとき、自分の中でなにかがはじけてしまった…。
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タグ:年表
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