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880 湯ノ崎=茅部郡森町鷲ノ木町(北海道)噴火湾岸の岬めぐりは榎本武揚と“いかめし”にて全巻の終わり [岬めぐり]

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 噴火湾岸の西側には、岬がない。この湯ノ崎が、湾の南側ではいちばん端の岬になる。湾岸を北上して八雲を過ぎ、長万部を過ぎていくと、次の岬は湾の北側、虻田郡豊浦町字礼文華付近までいかないとない。だから、噴火湾岸の岬めぐりは、これにて全巻の終わり、となる。
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 なぜこの湾を「噴火湾」と呼ぶのかについては、2011年7月に訪問した、「691 茶津崎=虻田郡豊浦町字大岸・字礼文華(北海道)噴火湾は実は噴火でできた湾ではないのだよ」 の項でふれている。正式には「内浦湾」という名があるのだが、でんでんむしは「噴火湾」のほうが親しみがある。
 この湾に、榎本武揚が率いる旗艦開陽丸など8隻の艦隊が入り、鷲ノ木村に土方歳三、松平太郎、大鳥圭介らをはじめ2,000人の陸兵が上陸したのは、1868(明治元)年10月20日のことだった。
 そのときは、積雪30センチで北西の強風、暴風雪で海も荒れていた、と森町によって海岸に建てられた説明板には、書いてあった。
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 当時の戸数150戸、人口約800人という鷲ノ木村に、なぜ榎本軍は上陸したのだろう。それがいささか疑問なのだが、幕末の戊辰戦争の最終局面で、東北の各藩が総崩れになっていく過程を経て、箱館戦争になだれ込んでいく。ここから上陸した先遣隊と新政府軍とが、峠下村(現七飯町=大沼の南)で激突したところから、その戦争は始まる。
 教科書などでは、実際には1年に満たない戦闘期間だったので、極めて簡単にしか説明されていないが、ここから五稜郭での攻防だけでなく、箱館、木古内、松前、江差、熊石と、渡島半島のほぼ全域にわたって、両軍の戦争は続いた。
 その間、ここ鷲ノ木村は榎本軍の後方陣地となったため、戦死者の墓などもたくさんあるという。
 湯ノ崎というからには、温泉でもあるのかと、周辺地図を探してみたが、それらしいものはない。西北西に直線距離で7.5キロも離れたところには濁川温泉があるが、こことの関連づけをいうには遠すぎる。
 温泉のかわりに、湯ノ崎から西南西に1キロのところ、道央自動車道のトンネルの上に「鷲ノ木遺跡∴」とあるのを見つけた。ここには、環状列石があるらしい。日本のストーン・サークルは、やはり北海道・北東北に多いので縄文文化との関連で興味をそそられるが、やはりわかっていることがあまりにも少なすぎる。そのため、話の盛り上げようもなくて、ヘタするとトンデモ情報になってしまうのでなかなかに困ったものだ。
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 森駅から、運転手さんにiPadの地図で場所を示して、タクシーで運んでもらったのだが、鷲ノ木の湯ノ崎までは次の桂川駅の付近で踏切を渡って、海岸の細い道に降りて行き止まりになる。道路もトンネルで越えなければならない湯ノ崎は、砂原からずっと続いてきた平坦な海岸線で、ここだけ大きく山が出っ張ってきた先っちょにあたり、海中には岩場が波間に見え隠れしている。
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 ちょうどそこに、榎本軍上陸地の看板があったのだ。それをみて、おお、ここがそうだったのか、と気が付いたようなものだ。
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 冒頭に述べたように、榎本軍がなぜわざわざ遠回りとも思える噴火湾から入ってきたのかについては、箱館の港には外国船がいて入れなかったから、という説明も一部であるのだが、これとて充分な説明になっているようには思えない。
 ただ、この岬めぐりで、これまで回ってきた渡島半島の地形を振り返り、また当時の松前の情勢など、さまざま考えると、そういう選択にならざるを得ないのかと思えたりする。
 土方は五稜郭の戦闘で戦死するが、榎本武揚という人は、維新後も爵位を得て、石鹸会社を起こしたりしている。当時、石鹸は油脂化学の最先端技術だったのであるが、こうした歴史上の人物の“その後”も、おもしろい軌跡を描くものである。
 湯ノ崎からの駒ヶ岳は、頂上付近の雲に陽がさしてきているようだったが、とうとう全景は見えなかった。
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 森駅に戻ると、駅の陸橋やホームからも、湯ノ崎や砂崎を見ることができる。この駅は、ぎりぎり海に近く、引き込み線の向こうはもう噴火湾という位置にある。
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 そうそう。森駅といえば、忘れちゃいけない“いかめし”。駅の売店は関連グッズまで並べてあったが、今でもデパートの“全国駅弁大会”などでは堂々の一位になったりするご当地自慢の代表である。
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 昔、どこかの駅で買って食べた記憶があるが、判然としない。判然としないその味をもう一度確かめてみるかと、ご当地限定のお茶といっしょに買ってみたが、昔の記憶と味が戻ってくるわけでもない。

▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
42.121038, 140.535407
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dendenmushi.gif北海道地方(2012/09/05訪問)

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タグ:北海道 歴史
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