875 弁天岬=函館市臼尻町(北海道)バケツをひっくりかえしたような雨で弁天も岬も“中空土偶”も見ないままに通り過ぎ [岬めぐり]
また弁天岬である。せたなの弁天岬(866 弁天岬=久遠郡せたな町北檜山)の項に続く。そこでも、弁天社の祭神である弁天さんはもともと宗像三女神のイチキシマヒメであること、それは厳島神社の祭神でもあると書いていたのだが、ここの弁天岬にはちゃんと厳島神社があると表示してあるネット地図があった。
川汲町にある南茅部支所前は、函館バスの中継ターミナルになっているので、函館から来たバスは、ここで古部・椴法華方面に行く便と、鹿部へ行く便とが分かれるが、乗り継ぎができるようにダイヤが組まれている。
ここで鹿部行きに乗り換えて、北西に4キロも走れば、臼別町の弁天岬に至る。弁天岬の西側は、臼尻の漁港と集落が展開している。
だが、だんだん激しくなる雨の中、ついに岬も弁天社もしかと確認できないまま、バスは通り過ぎてしまった。
本当は、ここで降りて岬のほかにも寄り道したいところがあったのだが、なにしろこの雨では、そんな気も失せてしまう。
下調べしたわけではなく、計画を立てるときたまたま目にした情報では、この付近の縄文遺跡からは、“中空土偶”なるものが発見されているというのだ。北海道の縄文遺跡は意外に多いのだが、“中空土偶”とは初めて眼にした。想像できないわけではないが、これはなんだろう。そんな興味があったのだ。時間はひとつ後のバスでもよかったので、できればそうしたかったのだが…。
雨は“豪雨”という表現も使えるほどに降り注ぎ、風も出てきた。いかに酔狂でも、とても見知らぬ土地でバスを降りて歩き回るような雰囲気ではない。
しかたがないので、ここでは行ったつもりになって、南茅部支所のオフィシャルサイトの情報で、フォローしておくことにしよう。
前項で紹介したこのサイトには、「縄文遺跡の里」というページがあって、そこの「遺跡ガイド」には、次のような解説があった。
南茅部には、現在91箇所の遺跡があります。 発掘調査は、昭和38年以来、今日まで継続し、出土遺跡は350万点を超えています。
これまでの出土遺物には、国宝に指定された「土偶」(中空土偶)や、縄文の農耕の研究に大きな役割を果たしたヒエの炭化種子、専門技術集団の可能性が示唆されたアスファルト工房跡の発見など、学術的に貴重な資料が数多く発見されています。
南茅部だけで、91か所もの遺跡があるというのは、ちょっと凄い。見学できる遺跡は一部に限られているらしいが、これまでの発掘の成果を展示した函館市縄文文化交流センターなるものが、この臼別にできている。
地図には、その表示もないので、それがいったいどこにあるのだろう、と思っていたら、道の駅のところにあるらしい。道の駅の名は“縄文ロマン南かやべ”といい、それはネット地図にも表記されている。
岬めぐりで標準地図としている国土地理院の電子国土では、こういった施設名の表示はない。これがちょっと不便なこともあるが、道の駅は表記している。弁天岬から南に約1キロちょっとのところにある。
“中空土偶”も、字面から想像できるのは、中が中空になっている土偶、ということだろうが、これが「北海道の国宝第一号」なのだそうだ。それはそれは。なんとも、記念すべき国宝である。
埴輪などでは中空になっているのは普通でめずらしくないが、それより前の時代の小さな土偶で、中空というのはそういう高度な技術をもっていたということで、注目すべきである。
所蔵されている縄文文化交流センターのサイトには、詳しい情報が見当たらなかったので、これも、南茅部支所のページ から紹介させてもらうことにしよう。
雨の278号線は、両側にほぼ人家が途絶えることがない。臼別町から間もなく豊崎町に入り、豊崎トンネルを越えると、今度は大船町になる。 大船遺跡は、大船川左岸の丘の上にある。
▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
41.93607, 140.949673
北海道地方(2012/09/04訪問)
タグ:北海道
視界が煙ってしまう程の雨だったのですね。
これではちょっと途中下車という気が・・
旅とお天気。僕はいつも予報とにらめっこな事が多いです(汗)
by ぱぱくま (2012-11-17 22:26)
@ぱぱくま さん、それでも今回は前半の西海岸がお天気だったので、まだいくらかよかったんです。
航空券など、安くとろうと思うと早くから計画しないといけないし、長期予報いくらみても、あまり確かではないし…。
お天気は、もう運を天に任せて、でたとこ勝負で行くより、仕方ありませんね。
by dendenmushi (2012-11-19 04:55)