647 厚井崎=石巻市新山浜(宮城県)金華山の鹿山から望む牡鹿半島の東端に [岬めぐり]
牡鹿半島と金華山の間は、いちばん狭いところでは500メートルちょっとくらいしか離れていない。金華山瀬戸が最も狭まっているそのあたりでは、一軒宿のホテルのある半島の東端部分と、鹿山という名の通りシカがごろごろしている島の西端部分の間に、厚井崎は納まっている。
最初は、鹿山を抜けて北の端に出れば、仁王崎も見えるのではないかと思ったが、なんと来てみると、鹿山のところでは大規模な崖崩れが生じていて、石で覆われた海岸の道は使えないようになっていた。
山のほうは、道が切れていてこれも先へ進めない。もちろん、牡鹿半島側に周回道路でもあれば行けるのではあるが、半島の東海岸をめぐる道は、厚井崎の南北にある泊浜と新山浜というふたつの集落を結んでいる細い道がある。その道も150メートルくらいもの高いところを巻いていて、海岸には遠い。ほかにコバルトラインという道路が女川と鮎川浜の間を結んではいるのだが、これはほとんど山のなかを走る、どうもおもしろくない道であるらしい。どちらの道も、路線バスも走っていない。
厚井崎は、この瀬戸の間で見るのが精いっぱいなのである。こうなると、やはり女川=金華山航路のほうがよかったのだろうが、済んでしまったことはくよくよしないに限る。とはいえ、瀬戸を船がすり抜けていくのを見ると、あるいはあれが女川へ行く船か、と思ったりするが、これは漁船らしい。
遠目に見えるふたつの島影は、泊浜という集落にある山王島であろうか。厚井崎の北までは、ワカメ・ホタテ・ホヤの養殖場が多い。女川原発の東に飛び出している寄磯崎のある半島の影も、薄く見える。
黄金山神社の神の使いであるシカは、そこいらじゅうにたむろしている。立派なツノをもったオスが真ん中に座っているので、これでひとつのハーレムを形成しているようだ。
神の使いでなくとも、こういった野生動物が、人間の間近に生息している状況は、でんでんむしのように少し長く生きている者にとっては、それだけで人間の暮しにゆとりができた証拠のように思える。それは、シカでもカモでもなんでもいっしょなのだが…。
野生動物と人間が接して生きる、そういった風景が、ごく当たり前として誰もが怪しまない時代になったことこそ、喜ぶべきなのだ。今頃こういうことを言うと、時代錯誤のように受け止められる向きもあろうが、正直なところである。
世界遺産に登録されている厳島神社がある広島の宮島も、金華山と似たところがある。一島全山が神の島であること、野生のシカがたくさん生息していること、そのシカが神の使いであるところが、同じなのである。
原爆でみんな焼けたが、わずかにどこからかもらって手元にある小さい頃の写真に、宮島の大鳥居とシカがバックに写ったものが残っている。
その宮島のシカが、絶滅しかかった時期もある。戦中から戦後にかけて、食料難の時代には、神の使いという名分も通用せず、みんな食べられてしまったらしい。戦後もしばらくは、一般に生き物をみれば、追いかけて捕まえようという意識のほうが、先にたってしまうことが多かった。
裏山に、野ウサギの糞をみつけると、ワナをかけて捕まえようという発想が自然であり、スズメだろうがカエルだろうが、そう思ってしまう。もちろん、そんなに簡単には捕まるものではないのだが。
外国で撮影された映像で、緑の公園の木立の間、人間のすぐ隣を、野生のリスが走り回っているのを見て、彼我の差に驚いたり、うらやましく思ったりしたこともある。それも、もう遠い昔になった。
帰りの船が、船着き場を離れて大きく南に向きを変えるところで、厚井崎に別れを告げる。
▼国土地理院 「地理院地図」
38度20分22.27秒 141度32分1.05秒
東北地方(2010/09/20 訪問)
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by みやぎ「ふるさとの絆と思い出!」プロジェクト (2011-12-28 13:28)