241 観音崎=石垣市字新川(沖縄県)ひさしぶりの八重山石垣島ですが [岬めぐり]
いちばん最初にこのあたりの情報を確かめたのは、イリオモテヤマネコについてであったような気もする。それがいつだったのかは、はっきりしないが、天然記念物に指定されるとかされたとかいうことに関してであろう。
多くの日本人がそうであったように、それまで地図でみても島があるなということはわかっても、それ以外のなんの関わりがあるわけでもない、遠い島々…それが八重山諸島である。歯舞は群島に変わったらしいが、ここはどうなんだろう、と思って改めて地図を見ると、「八重山列島」となっていた。いちおう「宮古列島」とは別にしてあり、その両方を総称して「先島諸島」というのが、どうやら本則のようである。ところが、これもなかなか微妙な問題をはらんでいるので、使い方は人と場合によってさまざまであるらしい。
いずれにしても、人が住める日本の固有の領土としては、最南端に位置する島々が、いったいどんなところか、それをどうしても確かめたいという思いはありながら、なかなかそんな機会はあるものではない。そこで、 長年勤めた会社を辞めて時間だけは自由になったとき、すぐに計画を立てて訪れたのが、八重山だった。それはもう、今から17年も前のことになる。
そのときにも訪れた、最初の岬が、この観音崎だった。
初めてのことで勝手がわからないまま、2週間かけて波照間から与那国まで含めて主な島々を回ったのだが、その拠点となったのが八重山の中心となる石垣島であった。そうした交通アクセス事情は今でも変わらないものの、石垣島に対する人々の関心と知名度は、おそらく当時とは比較にならないくらい上がっているのだろう。
そういえば、今のセンバツ高校野球に出ている沖縄尚学のチームには、波照間クンという名前の選手がいる。地名と個人名の一致は、沖縄ではめずらしくないが、日本最南端の島まるごと自分の名前というのは、さぞ気持ちよかろう。同じチームには、普天間クンもいる。琉球王朝の末裔だといっていた普天間かおりさんの親戚だろうか。)
その八重山の最初の夜を過ごしたのが、島の南西の端にあたり富崎であった。フサキは字名で岬の名ではない が、そこには大きなリゾートホテルがある。今では石垣島のあちこちにホテルもたくさんできていて、そのせいかあまりツアーのチラシや広告でも一時ほど見なくなっているが、ここは当時からあったもので、石垣リゾートの先駆者である。ここにも2度泊まっているが、2度目はコテージだった。そこは、疑惑の銃弾ほどには尾を引かなかったが、トリカブト事件の舞台となったところでもある。
富崎の先端、西表島や小浜島、竹富島を眺めるところに、観音崎がある。その少し離れたところには唐人墓という、石垣では数少ない観光スポットもあり、観光バスが駐車場に止まっているが、観音崎には誰もいない。昔と変わらず静かであるが、赤い瓦屋根の東屋ができていた。
2年ぶり、6回目となる八重山訪問となったが、前回来たときに工事中だった観光港の離島桟橋は完成していた。今回は島をうろうろしないでこの石垣島だけ。以前にもひととおり回っているのだが、いまはなき8ミリビデオ?で撮っていて、ほとんど写真が残っていない。そこで、中途半端なままになっているので、改めてこの石垣島を一周しながら、岬をめぐってみようと思う。
▼国土地理院 「地理院地図」
24度21分56.61秒 124度6分41.85秒
沖縄地方(2008/03/05 再訪)
多くの日本人がそうであったように、それまで地図でみても島があるなということはわかっても、それ以外のなんの関わりがあるわけでもない、遠い島々…それが八重山諸島である。歯舞は群島に変わったらしいが、ここはどうなんだろう、と思って改めて地図を見ると、「八重山列島」となっていた。いちおう「宮古列島」とは別にしてあり、その両方を総称して「先島諸島」というのが、どうやら本則のようである。ところが、これもなかなか微妙な問題をはらんでいるので、使い方は人と場合によってさまざまであるらしい。
いずれにしても、人が住める日本の固有の領土としては、最南端に位置する島々が、いったいどんなところか、それをどうしても確かめたいという思いはありながら、なかなかそんな機会はあるものではない。そこで、 長年勤めた会社を辞めて時間だけは自由になったとき、すぐに計画を立てて訪れたのが、八重山だった。それはもう、今から17年も前のことになる。
そのときにも訪れた、最初の岬が、この観音崎だった。
初めてのことで勝手がわからないまま、2週間かけて波照間から与那国まで含めて主な島々を回ったのだが、その拠点となったのが八重山の中心となる石垣島であった。そうした交通アクセス事情は今でも変わらないものの、石垣島に対する人々の関心と知名度は、おそらく当時とは比較にならないくらい上がっているのだろう。
そういえば、今のセンバツ高校野球に出ている沖縄尚学のチームには、波照間クンという名前の選手がいる。地名と個人名の一致は、沖縄ではめずらしくないが、日本最南端の島まるごと自分の名前というのは、さぞ気持ちよかろう。同じチームには、普天間クンもいる。琉球王朝の末裔だといっていた普天間かおりさんの親戚だろうか。)
その八重山の最初の夜を過ごしたのが、島の南西の端にあたり富崎であった。フサキは字名で岬の名ではない が、そこには大きなリゾートホテルがある。今では石垣島のあちこちにホテルもたくさんできていて、そのせいかあまりツアーのチラシや広告でも一時ほど見なくなっているが、ここは当時からあったもので、石垣リゾートの先駆者である。ここにも2度泊まっているが、2度目はコテージだった。そこは、疑惑の銃弾ほどには尾を引かなかったが、トリカブト事件の舞台となったところでもある。
富崎の先端、西表島や小浜島、竹富島を眺めるところに、観音崎がある。その少し離れたところには唐人墓という、石垣では数少ない観光スポットもあり、観光バスが駐車場に止まっているが、観音崎には誰もいない。昔と変わらず静かであるが、赤い瓦屋根の東屋ができていた。
2年ぶり、6回目となる八重山訪問となったが、前回来たときに工事中だった観光港の離島桟橋は完成していた。今回は島をうろうろしないでこの石垣島だけ。以前にもひととおり回っているのだが、いまはなき8ミリビデオ?で撮っていて、ほとんど写真が残っていない。そこで、中途半端なままになっているので、改めてこの石垣島を一周しながら、岬をめぐってみようと思う。
▼国土地理院 「地理院地図」
24度21分56.61秒 124度6分41.85秒
沖縄地方(2008/03/05 再訪)
いかにも沖縄、これぞ石垣島という岬風景ですね。観音崎というのはよくある名前だと思ったら「データベース」によると堂々第3位に多い名前なんだあ。
当時たまたま庭先にトリカブトがあり、子育て真っ最中の私はすぐに抜いて捨てた記憶があります。あの事件の舞台だったんですか。
普天間かおりは歌謡ビデオで何度か聴いたことがある。いいキャラクターですね。
by knaito57 (2008-04-03 07:53)
@そうなんですよ。この前の鳥羽湾にもありましたしねえ。多いです、観音崎も。でんでんむしにとっては、観音崎といえばやはり横須賀でしょうが…。
トリカブト事件に反応してくれる人がどのくらいあるか、ちょっと心配でしたが、いたいた。
沖縄尚学、とうとう決勝まできてしまいました。普天間かおりサンは、ほんと意外におもしろキャラですよね。あの人の歌う『芭蕉布』は、いかにもという感じです。
by dendenmushi (2008-04-04 07:00)