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1556 ウン崎=小豆島町古江(香川県)大石先生の家の三条件を満たす場所は現実にはどこにもない [岬めぐり]

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 木下恵介監督が、最初に壺井栄の「二十四の瞳」を映画化するにあたって、初めてこの物語の舞台を小豆島に設定し、ロケも行なったわけで、これは原作を元に映像化を試みようとする場合、どうしても必要なことだったろう。
 そこで、原作にいう「農山漁村の名が全部あてはまるような、瀬戸内海べりの一寒村」として、原作者の出身地である小豆島にまず焦点を絞ったのだろう。そして、原作のイメージから「湖のような入り江の向こう岸」が見えるような場所と、岬の分教場がある場所として、この内海湾の沿岸一帯を、物語の舞台に設定しなおしてイメージを確定したことになる。
 それは、まことに当を得たもので、多くのことが原作の記述とを彷彿とさせる。小豆島の島内の他のどこを探してみても、ここに代わる場所はないだろう。そしてそこに映画化の脚色を加えているわけで、ここから原作と映像化された作品が別のものとして誕生する。
 明らかに本の読者と映画の観客動員数の比較においては後者が多く、後からできた映画のイメージのほうが先行して人々の間に定着していくのも、避けられない当然のことなのだろう。
 したがって、実際にある場所を示してここがそうだと言われれば、そこを訪ねていく人も現れ、それがだんだんと現実であったかのように、強固なものになっていく。
 しかし、原作の小説もその映画も、どちらもフィクションなのであって、それの場所や条件を、現実に当てはめようとすること自体からして、およそ意味のない作業ということになる。前項で、その一部、大石先生の自転車通勤経路から、一本松の家の位置を割り出そうとしてみたのだが、そこでもう破綻が生じているのだ。
 一本松の家からは、分教場の岬が湖のような入り江を挟んで向こう岸に見えていることになっている。原作では、数か所にそういう情景描写もあるのだが、距離的計算から推測した位置、すなわち分教場から片道8キロのところは内海湾北東奥の草壁本町か片城の付近になってしまい、そこからでは半島の突端から南に折れ曲がった分教場の岬(權現鼻)は見えない。
 見えるのは、二つの湾を隔てる大きな岬の北東に位置するウン崎である。
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 分教場まで片道8キロ地点の草壁本町か片城付近から、国道を西へ戻って行くと、西へ行くにしたがってウン崎の右手に影の薄い細い岬が姿を現す。「分教場の岬」が見えるところまでは、だいぶ戻らなければならないし、「岬の分教場」が見えそうなところとなると、もっとずーっと戻らなければならない。そうすると片道8キロがどんどん伸びてしまう。
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 また、「岬の村から見る一本松は盆栽の木のように小さく見えたが、その一本松のそばにある家」と原作にはあるので、家からも岬の村が見えなければならない。
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 ウン崎から南に向きを変える道路に沿って南下すれば、分教場があったとされている田ノ浦の集落はすぐだ。ここを「岬の村」だとすると、それが湾の北側から見えそうな場所はかなり狭まってしまう。田ノ浦の集落が、ウン崎の出っ張りの陰に隠れるような位置になっているからだ。
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 そして、田ノ浦の集落から北北西を望むと、釈迦ヶ鼻を突端とする大きな半島の付け根にあたる竹生(たこ=地理院地図ではこうルビがふってある)という集落がある。そこはオリーブの丘からは西へ1キロ足らずの位置になる。
 木下監督は、どうやら現場のロケハンをするところで、この村から見えるところにある家の設定のほうを重視して、自転車の走行距離は無視することに決めたらしい。大石先生の一本松の家は、分教場からも見え、舟で漕ぎ出せば最短距離で行ける、その辺りにあるものとイメージしたらしい。映像のインパクトは強烈だから、どうやらそのイメージが一人歩きしているようで、それを前提にしたネット情報は多い。
 その一例を示せば、以下のようになる。

 竹生(たこう)という所に一本松があります。
 不朽の名作「二十四の瞳」に出てくる大石先生の自宅近くにあったとされる一本松です。
 昭和20年に台風で倒れてしまい、地元の人たちが2代目の松を同じ所に
植えました。隣には「一本松神社」もあります。
 大石先生はここから自転車で岬の分教場まで通っていたんですね。
 道の駅小豆島ふるさと村から車で約3分で行けますよ。
 実際に見てから「二十四の瞳映画村」へ訪れてみてはいかがですか!
 (「小豆島ふるさと村」のサイトから)

 因みに、竹生からだと、岬の分教場までは片道12キロもあり、8キロとする原作とは大きく離れてしまう。8キロでも、大石先生自身が「岬の村は目の前なのに、日がな毎日馬鹿念をいれて、入り海をぐるりとまわってかようことを考えると、くやしくてならない」と思うように、決して楽ではない。
 8キロでも、自分と自転車だけが通れる「魔法の橋」を入り江の上にかけてひとっ飛びしたくなるのに、12キロとなるととても女先生が毎日自転車で通って往復できるような距離ではないだろうし、こどもたちが連れ立って歩いて訪ね当てられるような距離でもないのだ。
 ただし、竹生には確かに昭和20年の台風で倒れる前には、一本松もちゃんとあったというわけで、こうなると「大石先生の家」としては「片道8キロ」「岬の村が見える」「一本松がある」の三条件が揃った場所は、フィクションのなかだけにあって、現実にはどこにもないことになる。
*DSCN0004 (1).jpg

▼国土地理院 「地理院地図」
34度27分37.86秒 134度17分3.79秒
スクリーンショット 2019-01-06 16.35.41.jpg
dendenmushi.gif四国地方(2018/10/11 訪問)

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タグ:香川県
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