番外:通り矢のはな=三浦市晴海町(神奈川県)こどもの頃から口ずさんでいたこの歌は「城ヶ島の雨」だけど… [番外]

何度も書くようだが、歌というのはほんとうに不思議なものだ。こどもの頃からラジオで聞き、鼻歌にいいかげんに口の端にのせていた歌がたくさんあって、いまも忘れない。若いミュージシャンやシンガーソングライターもおらず、流行歌手もまだこれといっていない時代からつくられ、歌われてきた歌の数々の一部は、現在では「抒情歌」とかいうくくりで中高年に人気のようだ。
それは、やはりでんでんむしと同じように、昔の子供時代、若かりし頃に流れていた時間とシンクロするからであろう。
「城ケ島の雨」も、そうしたあまたの歌のひとつ。北原白秋の作詞で、作曲は梁田貞、1913(大正2)年につくられたこの歌は、YouTubeにはなんと数十もの動画がのっかっている。歌い手は美空ひばりから無名の人までさまざまだが、五木ひろしや倍賞千恵子、キム・ヨンジャや田川寿美などなど有名な歌手のものもたくさんある。そのひとつの鮫島有美子の動画には「YouTube以外のウエブサイトでの再生はできない」との注意書きがでるが、それ以外は全部フリーのような顔をして並んでいる。しかし、そのうち権利関係をクリアにしたうえでアップされた動画は、厳密にみれば極めて少ないのではないか。
その頃の歌詞はなかなか高尚なものばかりで、その詞の意味などわからないものも多かった。“利休”も知らず、“ねずみの雨”とはなんじゃろかと、わけもわからずに歌っていたその歌は、華々しく詩壇デビューした北原白秋が、隣家の夫人との不倫関係によってスキャンダルを起こし(当時は姦通罪があったので実際に投獄もされたらしい)、その相手と結婚して(その後離婚)この三崎に移り住んでいたときに書かれた詞だったことなど、ずーっと後になって知ったものだ。

白秋が住んでいたのは、城ヶ島を対岸にみる向ヶ崎で、もちろんその当時は城ヶ島大橋などないから、通り矢とその向こうの島の遊ヶ崎付近を眺めて暮らしていたのだろう。その日常の風景から生まれた詞は、芸術座の音楽会のために依頼されたもので、大幅に遅れてきた詞に作曲家は開演前のわずか数日で仕上げ、自らのテノールで初披露されたという。
この詩人のその後の活躍ぶりはいうまでもないが、詞のイメージとは違って、実生活は離婚と結婚と転居を繰り返すなど平穏ではなかったようだ。作曲の梁田貞は「どんぐりころころ」の作曲でも知られるが、それはだいぶ後年のことになる。

「城ケ島の雨」の歌碑については、三浦市のサイトで、“昭和24年の建碑除幕”とあり、“昭和35年4月17日、城ヶ島大橋架橋により現在地に移転”されたとあるのだが、架橋以前の歌碑がどこにあったのかがわからない。

それまでは渡船で往来していた城ヶ島に橋が架けられたのは、1960(昭和35)年のことで、城ヶ島の住人と徒歩・自転車は無料だが、今も渡り賃がいる有料の橋なのだ。全長は575メートルで、下の水路は遠洋漁業の船が出入りするので海面からは23メートルと高い。当時の架橋橋梁技術を結集して完成したのも、高度成長期の入口に差し掛かった時代の心意気を感じさせるものとも言える。

「舟は行く行く 通り矢のはなを」という歌の一節にある通り矢も、現在はその姿が大幅に変化しているようで、当時の姿を想像するのがむずかしいほどではないかと思われる。
その名は、頼朝がここで通し矢をしたのが由来とする説もあるが、陸地と岩礁の間の海流の早いところ(矢のように流れる)を指すのだろう。しかし、今では晴海町一帯の埋め立てが進んで、その早瀬のような場所がなくなっている。

岩礁が一部残りそこは釣り人に人気のスポットではあるらしいが、白秋が歌に詠んだ風情はもうない。
「通り矢のはな」とは鼻であり岬であったのだろう。そういえば、白秋が住んでいたのは向ヶ崎、対岸は遊ヶ崎、そしてこの付近一帯は三崎で渡し船が出ていたところは仲崎。地名も“みさき”だらけなんですよ。

けれど、三崎と名が付く地名は、城ヶ島大橋の西側だけ。それも小網代まで。一部には「三浦市より三崎のほうが有名」という声もあるが、三崎は油壺から三崎の漁港までの間で、三浦市のほんの一部。
京浜急行の言う「三崎口」も「口」ではあるかもしれないけれど、三崎ではない。

▼国土地理院 「地理院地図」
35度8分16.36秒 139度37分39.96秒




タグ:神奈川県
こんにちは。三崎に引っ越し、通り矢について調べてたどりつきました。岬や半島に惹かれる自分に最近気づいたところ、こんなにおもしろいブログがあるとは。じっくり読ませていただきます。
by しいたけ (2020-04-27 00:12)
しいたけさん、コメントありがとうございます。三崎の住人になられたのですね。三浦半島の岬は全部、というか東日本はだいたいアップできたのですが、西日本瀬戸内海の途中で事情があって、新規の岬めぐりはストップしています。
同好の人があってうれしいです。ぜひひまひまにご覧くだされば幸いです。
by dendenmushi (2020-04-27 09:22)