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1438 崖ノ岬=奥尻郡奥尻町字宮津(北海道)遠くからも白く見えていた崖はのり面がブロックで覆われていた [岬めぐり]

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 古い字名で今は消えてしまったもので、場所がよくわからなかったのに「茶津」というのがあったが、それは弁天岬の北、二本の短い川が注ぐ宮津漁港の辺りを指す地名であった。川のひとつの名は茶津川というらしい。
 古い資料を渉猟しているうちに、それがわかったのだが、茶津層という凝灰岩砂岩(砂と粘土が固結し火山砕屑質の岩屑を多く含む)および頁岩(けつがん=薄く割れやすい泥板岩で本の頁をめくるような剥離性あり)、凝塊角礫岩(直径32ミリ以上の火山岩塊と火山灰からなる)などからなる中新世の地層が広がっている。
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 遠く南の赤石岬からも見えていた白く切り立った崖ノ岬も、その茶津層のなかにある。
 白く見えていたのは、岩ではなくて、崩落防止のために崖の全域にわたって四角いブロックを貼り付けていて、それが白く見えていたのだ。
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 崖ノ岬というのは、岬が主ではなく、崖が主人公である。岬の海岸には岩礁と岩場も少しあるが、ごくゆるーく道がカーブしている。崖のほうは50メートルくらいの高さがあり、垂直とはいえないものの、かなり急角度に立ち上がっている。
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 コンクリートブロックで覆われてしまったので、今は見ることができないが、古い資料によると火山の砕屑物が堆積し固結してできた火砕岩のなかに、黒っぽい玄武岩の岩脈が筋をつくって貫入していたという。
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 今、その火山がどこなのかを考えるのは、おそらく愚というものなのだろうが、こうした火山の痕跡は地形・地質となって北海道南西部にもたくさんある。比較的近い時代の火山活動として知られているのは、奥尻島から南南西80キロにある渡島大島(松前町)になるのだろう。だが、それ以前からも、比較的浅い海の海底火山の爆発がたくさんあったのではないかと想像される。
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 海底の地形をみると、対岸のせたな付近から奥尻島を取り込むようにして棚が張り出しているらしい。本島とは海の底で地続きだったと考えてよい。奥尻島から先、西の海底は深く切れ込んで落ちていく。
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 急な崖の下を走る道路で、落石や崩落の危険性があるところでは、トンネルを掘るほどの山もない場合、覆道が設けられる。これは、半分トンネルのようなものだが、崖ノ岬の北にも、宮津1号覆道・宮津2号覆道という名があるふたつの覆道が続いてある。
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 崖ノ岬から覆道を抜けて、勘太浜南にある港付近まで、およそ1キロ弱くらいの間続く急崖の上は、海岸段丘というべき緩傾斜地が広がっていて、それは勘太浜の集落から稲穂へと続いている。
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 勘太浜は、三平汁の発祥に絡んでなにかあったように記憶していたが、確認のため調べてみても、どうもそういう証拠が出てこない。あれは、なにかと混戦した思い違いだったのか。
 でんでんむしのような西日本の人間にとっては、あまり馴染みのない食べ物ではあるが、名前だけは全国的によく知られている。北海道も主に渡島・檜山地方に伝わる郷土料理だが、奥尻町ではこの島こそが三平汁の元祖だとして、かなり本気で「奥尻島元祖『三平汁』研究会」なるものを発足させている。
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 もちろん、島の名物として定着させ、観光振興や地産地消にも役立てようとしうことだろうが、なにしろ、“「三平汁」に関するさまざまな説や言い伝え、関係資料、はては噂話などを整理、調査、研究し、「三平汁発祥の地が奥尻島」、「奥尻島の三平汁が元祖」であることを立証していく”というのだから熱がこもっている。
 なにごとによらず、ものの起源だとか由来だという話になると、諸説紛々として収拾がつかないことも多いのだが、実はこの「三平汁の由来」も、その見本のようなものだ。
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 いちばん基本的なところは「斉藤三平」という人がその創始者だということになっているのだが、その人はというと、南部藩家臣であったりいや松前藩であったり、いやいやそれは島の漁師だったという説まである。漁師が「斉藤三平」という名前を持っているというところからしてすでに怪しいが、その時代というのが、1454(享徳3)年で、松前藩の始祖・武田信広が蝦夷地に向かう途中で嵐にあい奥尻島に漂着した、とする。このときに武田さんに塩蔵ニシンと貯蔵野菜の煮込み汁を作ってあげたのが三平さんだったという。
 ところが、そもそもその人物がいた江戸期以前から、この地方では食されていたという説も出てきて、これまで蔓延していた斉藤三平説は、いささか旗色が怪しくなってきた。
 そんなわけだから、奥尻町には「最初に結論ありき」ではなくて、“研究”を推し進めてもらいたい、と思うわけであります。
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▼国土地理院 「地理院地図」
42度13分37.17秒 139度33分35.35秒
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dendenmushi.gif北海道地方(2016/09/04 訪問)

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