1412 立石岬2=敦賀市立石(福井県)きれいになった敦賀駅前から常宮線のバスに乗ってやってきたが先端へはまたしても… [岬めぐり]
敦賀半島の突端は立石岬で、実はここは昔にもバスでやってきたことがある。それは2001/10のことで、古い写真データを引っ張りだして、「039 立石岬」として項目にもあげていたが、このときはバスで行ってそのまま折り返して帰ってきていた。ということは、西浦のほかの岬も通っているわけだが、この頃はまだ岬めぐりの方針が定まっていない時期で、目立つ主な岬だけでいいや、くらいに考えていたから、ほかの岬はムシされていた。
ひさしぶりにその昔の39番目の項目を開いてみると、「一泊4000円のすんごいホテル(という名前はついていた)に泊まって…」と書いている。
そうだ。そんなことがあった。そのとき初めて来た敦賀の駅とその周辺は小さくごみごみしていたような記憶があるが、今回来てみると敦賀駅は新しくきれいになっており、駅前も広々と整理されている。2015年の太川・蛭子コンビにマルシアがマドンナで加わった「路線バス乗り継ぎの旅」で、一行がここを訪れたときにはまだ古いままの駅だったから、新しくなって間もないのだ。
駅前商店街のかかりにあったその“すんごいホテル”も、その隣の似たようなホテルとともに健在のようである。だが、今回は新しく駅前にできているビジネスホテルのひとつに3泊する計画になった。
初めて来たときには、バスで立石を往復したあと、敦賀半島の西海岸にある「もんじゅ」のところまでも行きたいと、駅にくっついていた観光案内所に寄ったのだが、バスの便がうまくなく断念していた。
敦賀駅前のバスのりばは、駅の設計にあわせてきれいにかっこよくおさまっているが、外来者にはどこ行きのバスがどの乗り場から出るのか、ちょっとわかりにくい。ここでバスを待っていると、次々に自家用車がやってきてはバス乗り場に停車していて、おやっ敦賀ではバスのりばはバス専用ではないらしい。まあ、バスもたまにしかこないし…。
今回は、立石岬も「もんじゅ」のほうも、ちゃんと時間をとって、バスの終点からさらに岬の先端まで歩いてみるつもりでやってきた。そのため、何度も計画をあれこれ考えていたのだが、なにしろ朝と昼と夕方にしかバスがないので、朝のに乗れば昼まで、昼のに乗れば夕方まで何時間も待たなければならない。かといって、折り返し便では時間がなさすぎるので、岬の先端まで行ってくるのはとうてい無理だ。
それがネックで、計画には苦労していた。何時間でもバスの時間を待つのはいいとしても、それは待つ場所による。なにもないことにかけては襟裳の比ではないここ立石で、4時間も5時間も待つのはちょっと…困る。
ところが、夏季の臨時便が出ていることがわかって、これなら待ち時間も気になるほどではなく、先端にも行って灯台にも登ってくることができる。そう考えて、急きょ計画を組み替えたというわけ。
常宮線の終点は、立石の漁港の脇にあるが、ここで一人バスを降りて、北へ向かう。敦賀のバス停標識はメーテルです(駅前の通りにもたくさんの銅像などが並んでいるが、この作者と敦賀は何の関係もない)。
すぐに道は岸壁で終わり、そこからは民家の前を通り抜けて細道を進む。岸壁のそばの家は、15年前に来たときとほぼ同じ姿で立っていたが、その前に立石岬灯台の標識などが新しく加わっていた。おっ、クマも出るのか。
岬ではよくありがちなことだが、防波堤が切れるところを回りこむと、とたんに風が強くなる。いちばん強烈だったのは竜飛崎で、これはもう堤防から頭を出せないほどだったが、これは西風の影響が少し弱まるところに防波堤ができ、その内側に集落ができる(順序は逆だけどね)からではないか。
ここではこのときは、防波堤と民家の間の通路には、心地よい風が吹き抜けていて、帰路ではここでしばらく涼んでいた。
敦賀湾の湾口を眺めながら、北へ進む。対岸はもう東浦の範囲を越えていて、バスも通わぬ途絶地帯の険しい山並みである。右手奥にはふたつの岬が見える。手前の濃いほうが干飯崎、向こうの薄いほうが越前岬であろう。
どれがどれだかはっきりさせるのはむずかしいが、南越前町と越前町の境界線が通る473メートルの矢良巣岳や、737メートルのホノケ山(これがいちばん高く見えるところか)などが雲に届く。
いい調子で歩いていたのはわずかの時間で、いきなり目の前に通せんぼの大きな看板が現れて、行く手を塞ぐ。あんれまっ!
崖崩れだという。“通行禁止”の文字がでかく威圧する。おまけに元気者が横をすり抜けないように、厳重な柵が横に飛び出るようにしてある。注意するだけでなく実際に誰も通らせないぞという、強い意志を示すこの看板、敦賀市ではなく敦賀海上本部というのがなにかありそうだ。
やれやれ、せっかく再挑戦しようとやってきたのに、またしても…立石岬の先端へは行きそこねてしまったか。縁がないとはこういうことなのだろう。
しかたがないので、ここは東浦から見たときの写真で代用することにして、看板の脇から登りになる灯台まで行ってみることにしよう。
追記:
前出の「手」という集落について、物知りのChinchikoPapaさんからまたコメントをもらっていたので、ここで追記しておくことにする。
原日本語だと、「テ」ときに「タ」は「地域・エリア」の意味になりますね。「山手」は山のある地域(エリア)、「岩手」岩のある地域(エリア)という具合ですが、ただの「テ(タ)」の場合はその前に付いていた名詞がとれてしまったケースが多いようです。
なるほどね。そういうことですか。そうなると、その取れてしまった前の名詞がナニカ気になったりしますね。
▼国土地理院 「地理院地図」
35度45分48.82秒 136度1分4.32秒
北越地方(2016/07/18 訪問)
▼国土地理院 「地理院地図」
35度45分48.82秒 136度1分4.32秒
北越地方(2016/07/18 訪問)
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