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1327 雄美岬・猿多岬再び=白鶴城下(豊後関前藩)佐伯泰英著『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズ(双葉文庫)完結記念! [岬めぐり]

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 なにしろ、すごい人気である。でんでんむしが最初に手にとったのが、21巻目に当たる『鯖雲ノ城』で、それが出たのは2007年だが、このときすでに「平成の大ベストセラー! 470万部突破!」という腰巻き(帯)がついていて、書店店頭ではフェアが行なわれていた。
 そもそも初めて双葉文庫のこのシリーズの、いかにも豊後水道の関サバを連想させるタイトルの本を買ったのが、口絵の雄美岬・猿多岬という二つの岬に釣られてのことで、それから最初の第1巻目の『陽炎ノ辻』に戻って既刊の全巻を順に読み始めた。つまり、この長い物語が中間辺りまで進んでいた途中からの参加読者である。
 そして、23巻目の『万両ノ雪』で初版に追いつき、そこまで読んだところで、「159 雄美岬・猿多岬(豊後関前)こんなのあり〜? ありなんです」として、岬めぐりブログに入れ、以来ずっと新刊が出るのを待ちながら追いかけてきた。
 そして、2016年1月初めに50巻『竹屋ノ渡』・51巻『旅立ノ朝』同時発売のときについた腰巻きには、なんと「2000万部突破!(シリーズ累計)」と謳っている。
 著者ご本人も、この磐音シリーズのほかに、さまざまな魅力的な主人公を押し立てた連作がいくつもあるが、時代物を手がける出版社も増え、それらの作家もたくさん出てきて、「文庫書き下ろし」という方式も広く定着してきたようだ。
 こういったエンタメ系の本は、必要以上に気位の高い店長や担当者がいる書店ではほとんど力を入れていないところもあるし、書評などに取り上げられたり、話題になったりすることもないが、密かにフアンを増やし続けてきたようだ。
 でんでんむしの周辺でも、実は読んでるという人が何人もいたりして、なかなか気楽な読書は理屈抜きに楽しい。
 時代物エンタメの大流行に抜け目なく目をつけた広告会社は、各出版社に呼びかけて切絵図を使った大々的な連合広告企画を何度もやるようになったし、佐伯作品にいたっては、関係各出版社が持ち回りで本の中にはさむ「佐伯通信」を入れるという新しい動きまで出た。
 いくらヒマでも、それらの全部を応接することはできないので、買うのは佐伯作品では坂崎磐音と古着屋総兵衛くらいに絞ってきた。
 ほかの時代物作家でも何人か読んでいて、それは平岩弓枝が当時のご当地つながりで最初だったかもしれんが、藤沢周平だったり池波正太郎だったり、はたまた宮部みゆきだったりする。近年では直木賞の葉室麟や、ちょっと軽めの風野真知雄なども取り混ぜて読んでいた。そのなかでは、この人のは…と思わせた作家が、「風の市兵衛」(祥伝社文庫)を世に送りだした辻堂魁であった。だが、この元編集者という作家は遅筆なのか寡作なのか、あまり作品は多くないし、シリーズも版元も今のところ限られている。
 有名な作家だからおもしろいかといえば、そうではない。赫々たる受賞歴をもち、多数の映画化ドラマ化の作品が多い日本ペンクラブ会長浅田次郎の作品でも『一路』上下(中公文庫)のようなピンぼけ時代ものは、いかに本屋大賞でも評価できない。さっそく権威は好きだがあまり目利きとはいえないNHKがすかさず飛びついてドラマ化したが、これも原作に輪をかけてひどいものだった。
 話題になって売れているからいい本かといえば、これも違う。和田竜『のぼうの城』上下(小学館文庫)は、誰かタレントがテレビで絶賛したとかで、ずいぶん評判で映画化もされるとかされたとかで店頭でも広く積まれていたが、でんでんむしはそれよりも前に読んでいた、同じ題材をまったく同じように扱った風野真知雄の『水の城』(祥伝社文庫)のほうが、はるかにおもしろくていい作品だと思った。
 そういえば、『一路』とまた同じ参勤交代をテーマにした作品では、土橋章宏の『超高速!参勤交代』(講談社文庫)のほうがやはりよほど優れていると思った。なぜか、ときどき同じ題材を扱ったものが競合することがある。
 このように文庫で時代物というのは、多くの出版社が参入してきている。超大手の新潮文庫も、この道では有名大家の作品をたくさん出している老舗ではあろうが、売れるなら他版元のものでも容赦なく自分のところに取り込んでしまう。それも大手の力なのだが、ちょっと文句もある。先には文春文庫にいちゃもんをつけたが、今度は新潮文庫のやりかたで腹が立っていた。
 去年(平成26)秋に新潮文庫が出した芥川賞作家辻原登の『恋情 からくり長屋』にはあきれかえった。これは8年前に別タイトルで出ていた短篇集を、無理やり時代物流行にもぐりこませようという魂胆がありありのタイトルに改題して文庫に入れ、もっともらしい腰巻きの推薦文をつけて売り込もうとしたものだろう。
 まったく、どういうからくりなのか理解しかねる、中身とは関係のない納得いかない改題で、ひどいものであった。(それはそれとして、新潮文庫の“読んだ?(Yonda?)パンダ”の読者サービスは、もうやめたんですかい? ぜひ復活希望! 理由は、マグカップをもう少し増やして揃えたいから。)
 
 へそまがりだから、世間の看板や評判や大勢や大手老舗に無理に逆らっているだけかといえば、そうでもない。娯楽作品とはいえ、いろんな作家や作品のなかには、やはりしっくりくるものとそうでないものがあり、それを素直に感じたままを述べているだけなのだ。TV通販の健康食品のCM的に言えば、あくまで「個人の感想です。」
 そんなへそまがりが、磐音シリーズに飽きもせず延々51巻の完結まで付き合ってきたのは、別に義理があってのことでもない。ひとつに、わが国の作家には少ない大作に取り組んできた著者に敬意を表して、というのはある。
 双葉文庫は一冊のページ数も多くないし、活字も大きいので字数でいえばどうなのかわからないが、単純に巻数だけでみても、51巻というのは大変なものであろう。
 ちなみに、中里介山の『大菩薩峠』は41巻、山岡荘八の『徳川家康』は26巻である。
 でんでんむしの好みから言えば、ちょこちょことテーマと周りの人物が変わっていく読み切りものよりも、大作で時間の経過とともに主人公が成長していくような大河物語が好きなのだ。
 豊後関前藩中老職の長子、若い藩士であった坂崎磐音が、友人や許嫁の兄を上意討ちせざるを得ない事態に追い込まれ、お家の騒動もからんで出奔するところから始まるこの物語は、長い年月を重ねる間に陰謀に巻き込まれ、常に反対勢力(これの親玉が田沼意次というのは「剣客商売」が好きなファンには?なのかな…)の刺客に対しながらさまざまな試練にあいつつも、家族をつくり仲間を助け友に助けられ、有力なコネクションにも支えられつつ、自身も剣客として厳しくたくましく生きていく半生を描いている。
 簡単に言うとまあそういうことで、巻の結びは一家でふたつの岬に囲まれた故郷の豊後関前藩に帰省が叶い、成長したその息子を薩摩に向けて武者修行の旅に送り出すところで終わる。
 こうざっと書いてしまうと味も素っ気もないが、佐伯作品のいいところは、登場人物の人となりが浮かんでくることで、主人公だけでなく、端々に絡んでくる人間がまことにおもしろく魅力的なのだ。
 51巻のなかでは、そういった脇役たちの人生もあやなす物語の糸に織り込まれていく。ひっきりなしに磐音を襲う悪役も登場するので、そのたびに剣をぬくことになるが、ただの人斬りチャンバラ剣豪小説ではなく、その周辺が細かく描かれつながっていくところも、魅力のひとつである。
 山岡『徳川家康』が、経営者には会社経営の指南にもなるとされて話題をつくった過去の例になぞらえれば、磐音シリーズは会社にいられなくなった有能なビジネスマンが、逆境のなかにもまれながら役割を求めてそれを果たしつつ、よき仲間と伴侶を得て家族と自分の居場所をつくっていく話と読み替えることもできる。だが、それも家康に経営を学ぶというのと同じくらいに充分な違和感があろう。
 前には、江戸切絵図と主人公の行動を追う楽しさについて書いていたが、このシリーズでは舞台は江戸だけにとどまらない。日本全国というわけにはいかないが、豊後関前から博多福岡の九州から東北は山形まで、磐音の足は歩きまわる。自分の二本の足で歩くのが、まず旅の基本であった時代の道程をもいちおうこまめに追うように書かれているので、よくドラマにある、さっきまで江戸にいたはずの人間が、ぱっと次の場面ではハイ大坂にやってきましたと町を歩いている、“瞬間物質転送機でもあるのか?”というような不自然さもあまり目立たない。
 家族で関前藩を訪れる最後の51巻目の冒頭では、藩船に乗って関前の湾に入ってくるところから始まる。
 「関前湾は、北に位置する雄美岬と南の猿多岬が両腕を差し伸べるように突き出し、その内海の真ん中に白鶴城を浮かべる岩場が湾を二つに分けていた。」
 この豊後関前の二つの岬は、でんでんむしの岬めぐりと磐音の半生を結びつけるきっかけであったが、最後にはやはりそこへ帰ってきた。
 
 現在のような文庫本出版隆盛の基礎をつくり固めたのが、岩波茂雄が始めた1927年岩波文庫の創刊であったことは間違いない。この書き下ろし文庫の作者については、もうひとつ、岩波茂雄と建築家吉田五十八の残した熱海の別荘建築をめぐって、“惜櫟荘番人”と自らのたまうことに至るリアルな一面があり、そのことについても昔に読んだ小林勇の「惜櫟荘主人」を思い出して前に記した。
 こういう娯楽作品が広く大衆に支持されて大いに売れ、そのお陰でたまたま熱海の仕事場の近くにあって取り壊し寸前の惜櫟荘を手に入れ、改修保存することができた。当の岩波書店でさえ、どうにもできなかったことをなんの賞にも無縁な時代物作家が稼いだ印税でできたというのも、ちょっと痛快な皮肉も利いていておもしろい。
 『私の初のエッセイ集は文庫が建て、文庫が守った惜櫟荘が主人公の物語 です』と作家が言う、先にも紹介していた『惜櫟荘だより』は、手を入れて岩波現代文庫からも出た。
 
 では、次項では佐伯泰英著『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズ(双葉文庫)の全51巻をひとまとめにして眺めるという、暴挙に挑戦してみようと思う。(上記本文とは関係ないが、ハヤカワさん「ミレニアム4」どこの本屋にいってもここんとこずーっとありませんぜ。3までは並んでるんだけど…。本はやはり書店をぶらぶら書棚を見ながら手にとってからでないと買わない、という古いタイプの読者もいるんで、増刷と配本はうまくやってね。→やっと入手! 早速読み始めたが、これはおもしろいです! 3までの著者と違う著者で話をつなげていく手法も、無理がない。)
(2016/01/10 最終巻 読了)

▼国土地理院 「地理院地図」
関前藩とふたつの岬は架空のものなので、国土地理院の地図にはない。
dendenmushi.gif豊後地方(2016/02/10 記)

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タグ: 豊後関前
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