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1315 鳥ヶ鼻・植木鼻=七尾市能登島南町(石川県)目論見がまったくはずれて見えない入江と岬の期待はずれ [岬めぐり]

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 相次いで日本列島をくまなく席捲した合併の嵐は、やっとどうにか終息したようだが、この騒ぎで日本地図は大きく変わってしまったし、従来の「市」とか「町」とか「村」とかいう概念やイメージをも根底から変えることになったと言ってよいだろう。
 「これでも“市”なの?」という!も、もはやひと昔前の感慨で、今では日本中どこへ行っても市だらけで、昔ながらの正真正銘の町や村を探すほうがむずかしい。
 石川県鹿島郡能登島町が、島丸ごと七尾市になったのは2004(平成16)年のことだが、この能登島西部地区でも人が住んでいる地域はきわめて限られている。人が集って町や村をつくる条件を、なんとなく彷彿とさせるように、閨町も無関町も南町も、申し合わせたように似たような地形を選んで人家が集っている。
 それらも、「町」を名乗っているが、合併前の能登島町の時代には「字地名」だったその名が、そのまま「町」に昇格した結果なのだろう。
 岬と岬に挟まれた、入江の奥に、小さな水流や山裾に沿うようにして集落ができ、集落と集落の間には人家や住民はほとんどない地帯が広がっている。
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 昔は町や村の構成単位として狭い地域を示す「部落」という呼称があったのだが、これが妙なことからおかしなぐあいになって徹底的な言葉狩りにあう。どんな場合であろうとも、それを使うことも許されないという状況になって久しい。その代わりに使われるようになったのが「集落」という言葉なのだ。
 そして今では「限界集落」という用語まで、頻発されるようになった。そういう過疎地とは異なるものの、前項に示したデータでは37世帯、人口76人という能登島南町は、その中心は鳥ヶ鼻と植木鼻、ふたつの岬の間に広がる小湾に面しているが、町域は閨町よりも広く、無関町の立ヶ鼻の付け根の山寄り奥から東の箱名入江の奥まで達している。
 そんな広い地域に、76人しか住んでいない。しかも世帯数が37だから、ほとんどの家が二人暮らし、それもおそらくは高齢の…ということになる。また、男性よりも女性のほうが多いというのも、全国的な傾向に則っている。
 こうした「地域」を、これからどうするのか、それこそが日本の大問題なのだが…。
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 南では、園芸用の花卉栽培なども盛んなのだろうか。苗などを出荷した後のような温室もあった。南の地域標識にはマッタケの絵があったが、これはイラスト使い回しのようなので、南が産地というわけでもなさそうだが、こう堂々とあると…。やはりマッタケ山もあるのかな。
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 いちおう南線のバスの終点は南ということになっているが、さらに東へ植木鼻を回り込んで県道は曲へ続いていて、例外的にそこを走るバスもあるようだ。が、本数が数えるまでもないほどなので、実質終点のバス停留所から、植木鼻まで歩く。
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 その向うにある細くて長く入り込んだ箱名入江とその北にある牧鼻が見られるのではと、期待して歩いて行った。その途中では西に傾く夕日で逆光になった黒い鳥ヶ鼻や立ヶ鼻は見えるものの、植木鼻はうっそうたる樹林に覆われていて、まったく展望が利かない。これはとんだ期待はずれだ。
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 1.5キロ近くもある箱名入江も、その水面を伺うこともできず、牧鼻どころか、その上に立っているはずの植木鼻も、さっぱりわからない。
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 名前が植木鼻なのだから、樹木が茂っているのか。もしかしたら、この一帯では大規模な植林が行なわれ、そこからこの名がついたのではないか。
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 このまま見えない入江に沿って県道を歩き、曲町へ抜けるルートも考えていたのだが、南線沿線をもう少しみておきたいので結局はまたバス停まで戻り、大橋駐車場まで行くバスの最終便に乗ることにした。
 集落のごく一部をちょこっと歩いただけなので、当然といえば当然ながら、“第一町人”は発見できなかった。
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▼国土地理院 「地理院地図」
37度8分38.59秒 136度57分9.77秒 37度8分47.45秒 136度57分47.93秒
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dendenmushi.gif北越地方(2015/09/14 訪問)

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タグ:石川県
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