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番外:今帰仁城跡=国頭郡今帰仁村(沖縄県)優美な曲線と曲面が印象的な石垣を眺めグスク時代の歴史を偲ぶ [番外]

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 琉球王朝の成立以前には、沖縄を北・中・南の三地域に分けて、それぞれに王をいただく三山時代があった。3つの勢力図がほぼ確定した1314年から、1429年の三山統一までがその時期で、鎌倉幕府の末期から室町幕府の初期に当たる時代である。この時代を、グスク時代というように、権力者が各地に城塞を構えて按司を置いて、地域の支配体制を固めようとした。
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 今帰仁村(なきじんそん)のサイトにある今帰仁城歴史年表では、「山北王」となっているが、これは中国の史料に基づく正式な国名が山北・中山・山南とあったことによる。しかし、現在では後の史料の北山・中山・南山という表記が一般的に多くなって、両方が混在していてでんでんむしのような初心者を惑わしてくれる。要するに、「山北王」と「北山王」は同じである。
 今は城跡の石垣だけが残る城塞遺構の今帰仁城跡は、その北山の中心地であった。この付近に人が住み始めたのは13世紀末頃とされるが、この城をいつ誰が築城したかなど、詳しいことはわかっていない。
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 三山に共通していたのは、明朝の中国や東南アジアとの交易を経済の柱にして成り立っていた王国であったことだ。貿易といっても、この当時のことだ。対等な貿易はあり得ず、明朝に朝貢し冊封してもらうという従属的な関係が基本にあったはずである。けれども、実際に冊封を受けたという記録は中山王と南山王で、北山王の記録はない。
 朝貢の記録も中山・南山に比べると少ないので、このあたり北山の独自の立ち位置も想像できるのだが…。
 北山・中山・南山と三分割とはいえ、支配地域面積からいうと、北山がいちばん大きく広く、うるま市石川付近までがその領域だったというから、ほぼ沖縄本島の北半分強を占めていたことになる。
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 奄美の島々までその勢力下に置いていた北山王は、もとは羽地按司で羽地内海に流れ込む羽地大川、羽地ダムなどの名が残る本部半島の北付け根に、そのルーツを辿ることができる、地方豪族のひとりだったのだろう。従兄弟の子で山北王であった今帰仁按司を討ち、自ら山北王となったといわれている。支配面積は広かったが、地形的には山地ばかりで、国力はさほど豊かとは言えなかったと思われる。
 因みに、中山は那覇付近までで、その南が南山となっていた。こういうことは、ないがしろにできないものであって、この区割りが後に郡になり、現在もなお国頭・中頭・島尻という地域区分として活きている。
 しかし、版図が大きいからといって戦争に勝てるとは限らない。
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 三王統の鼎立が100年続いた後、いろいろあって(ちょっと複雑なので簡単に省略)結局は中山が他を抑えた形で、尚思紹王を始祖とする第一尚氏が琉球最初の統一王朝を打ち立てることに成功する。これも地政的には山地がなく人口も周密で海に開けた中山のほうが、政治的にも軍事的にも優位であったからなのだろう。
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 その結果、今帰仁城を本拠とする北山地域も、琉球統一後は王府から派遣された監守という役人による地方管理の拠点になるが、その規模は首里城に匹敵したという。
 1609年になって、薩摩藩が琉球を攻略したときには、まずこの今帰仁城が本島攻略の第一目標となるのは、地政的にいって当然の順序であった。奄美の島づたいに南下侵攻してきた薩摩の軍船は、城の北に広がる今泊付近の海岸に大挙して押し寄せたのであろう。
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 城は炎上し、監守もその役目をなくした後は、もっぱら祭祀の場として御獄のような性格をもってきたようだが…。
 山の斜面とその傾斜を利用してつくられた城郭は、今に残る石垣で想像するしかないが、その優美とも言える石垣の曲線と曲面は、歴史の記憶をなんとか留めようとしている。
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 1972(昭和47)年に国の史跡に指定された今帰仁城跡は、2000年には首里城跡や勝連城跡などとともに、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産(文化遺産)リストに登録された。
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 名護から今帰仁城跡へ行くには、南側国道449号線と北側505号線が本部半島を循環道路が一周しており、このルートを琉球バス交通と沖縄バスが走っている。そのほか、那覇空港から運天港行きのやんばる急行も運行している。
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 時間的にも距離的にも、北側ルートで往復するのがいちばん早いので、羽地内海から今帰仁村に入り、備瀬崎へ向かう途中のバス停、今帰仁城跡入口で降りて、標高110メートルの城跡まで、山坂道を往復してきた。
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▼国土地理院 「地理院地図」
26度41分27.96秒 127度55分46.83秒
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dendenmushi.gif沖縄地方(2015/04/05 訪問)

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タグ:歴史 沖縄県
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