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1225 辺戸岬2=国頭郡国頭村字辺戸(沖縄県)辺戸岬と与論島の間北緯27度の海上の国境線は消えても… [岬めぐり]

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 沖縄本島最北端の岬は、本土復帰前の沖縄にとっては“国境”がある海に面したところだったのだ。辺戸岬と鹿児島県に属する与論島の間に、その国境線はあったが、本土と沖縄を分断してきた見えない線は、岬と島の中間ではなくずっと与論島に近い北緯27線に沿って引かれていた。当然、この線は県境になって引き継がれているはずである。
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 辺戸岬の上にあるいろいろな石碑のうちでも、もっとも与論島寄りにあって、もっとも大きいのが「祖国復帰闘争碑」というものである。沖縄の人にとっては“復帰”も“闘争”だったのだ、と改めてその心情に打たれる思いがする。
 辺戸岬へは大勢の人がやってきてブログ記事などもたくさんあって、それらではこの碑が“復帰を記念して建てられた”と書いているものも多いようだが、これがそんなノーテンキなナマやさしいものではないことは、碑文を読めばすぐにわかる。
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 でんでんむしのような年寄りには、はっきりとその名も記憶があるが、沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)という組織があった。この碑は、復帰協第3代桃原会長の文を第6代仲宗根事務局長の揮毫になるものである。その組織が労組などで構成されていたために“闘争”になったのかもしれないが、アメリカの施政権下にあった沖縄で、本土復帰を願う人びとには、右も左もなかったろう。人びとは年に一度ここに集い、はるか北に見える与論島は本土のシンボルでもあり、その島影を眺めては火を焚いたり花火を打ち上げたりして、その思いを新たにしてきたのだという。
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 だが、本土復帰後の現実は早々にその期待を裏切り、希望を踏みにじったのであろう。1972(昭和47)年の沖縄返還から4年も経過した後になってから建てられた闘争碑には、今現在に至ってもなお通じる沖縄の心の叫びが込められているようである。
 その台座にはめ込まれている碑文は、いささか時代を感じさせるがこうである。
 
 全国のそして全世界の友人へ贈る

 吹き渡る風の音に 耳を傾けよ
 権力に抗し 復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ
 打ち寄せる 波濤の響きを聞け
 戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ
  “鉄の暴風”やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は
  米軍占領に引き続き 一九五二年四月二八日
  サンフランシスコ「平和」条約第三条により
  屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた
 米国の支配は傲慢で 県民の自由と人権を蹂躙した
 祖国日本は海の彼方に遠く 沖縄県民の声は空しく消えた
 われわれの闘いは 蟷螂の斧に擬された
  しかし独立と平和を闘う世界の人々との連帯であることを信じ
  全国民に呼びかけ 全世界の人々に訴えた
 見よ 平和にたたずまう宜名真の里から
 二七度線を断つ小舟は船出し 
 舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ
  今踏まえている土こそ 
  辺土区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ
 一九七二年五月一五日 沖縄の祖国復帰は実現した
 しかし県民の平和への願いは叶えられず
 日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。
  しかるが故にこの碑は 
  喜びを表明するためにあるのでもなく
  ましてや勝利を記念するためにあるのでもない
 闘いをふり返り 大衆が信じ合い
 自らの力を確め合い 決意を新たにし合うためにこそあり
  人類が永遠に生存し 
  生きとし生けるものが 自然の攝理の下に
  生きながらえ得るために 警鐘を鳴らさんとしてある


 この碑文にある“大海上大会”とは、年に1度、辺戸岬と与論島との間の北緯27度の海上で、船を寄せ合って行なわれた本土との交流集会のことだろう。
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 辺戸岬でもうひとつ目立っている白い鳥の碑である。これは「ヨロン島・国頭村友好記念碑」というもので、なにか具体的な鳥ではなく、胴体にはうろこをつけた架空の動物?「かりゆしの像」だという。
 これは、与論島のシンボルにもなっているものらしく、2001年に与論島から贈られた。お返しには当然「ヤンバルクイナの像」が贈られ、与論島に設置されているという。
 本土復帰43年を迎えた2015年5月15日、翁長沖縄県知事は、「復帰して今日まで、基地の問題は何ら変わらない。『本土並み』を合言葉に県民の努力で勝ち取った復帰だが、県民が強く望んだ形にはなっていない」と言う。
 振り返ってみれば、そもそも普天間の辺野古移設問題の発端には、米兵の少女暴行事件があった。知事はその復帰の日の記者会見でこうも言っている。「県民が自ら差し出した基地はない。(普天間飛行場が)危険だから)(辺野古がいやなら)代替案を出せというのは真の民主主義なのか」…。
 おそらく、本土の人間に探してもないほど希薄な「祖国」という意識を、沖縄の人々は明確に濃厚にもっている。だが、その「祖国」のいかに冷たいことか…。

▼国土地理院 「地理院地図」
26度52分20.40秒 128度15分53.94秒
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dendenmushi.gif沖縄地方(2015/04/04 訪問)

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タグ:沖縄県
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