1209 カンナ崎=うるま市勝連平敷屋(沖縄県)遠く中城湾の北に突き出ている岬は米軍の重要拠点 [岬めぐり]
中城湾は南の知名崎から北のカンナ崎まで15.5キロも大きく東に向いて、つまり太平洋に開けている。浅瀬や干潟は、この湾の湾岸に近いところだけのようで、中城湾港という表記も地図にはある。干潟の沖は、広いこの湾全体が大きな船も出入りできる港になっているようだ。
北のカンナ崎は、勝連半島が長く突き出た先っちょにあたる。路線バスもその近くまでは走っているようだから、近くまでなら行けないことはない。
だが、カンナ崎へ行くのを計画には入れることができなかった。
というのは、中城湾に面するこの半島の先は、広く軍事基地として接収されているからである。
地理院地図では一帯全部「自衛隊」と記してあるので、そうなのかと思ってしまうが、実は米軍の基地施設と一体化している。というより、運用の規模と内容からして、やはり米軍が主体であるらしい。沖縄の米軍基地は既にとうから世界中に明らかなはずなので、国土地理院が、その実態を表に出したくないためにあえて「米軍」の表記を使わず「自衛隊」で押し通そうとしている、というのは勘ぐり過ぎなのであろう。
地図で「ホワイトビーチ」とあるのは、米海軍艦船への補給基地であるようだ。沖縄に米軍基地は数多いが、かの第7艦隊の艦船や原子力潜水艦のほかにも、国連軍加盟諸国の艦船なども寄港するというこの港は、沖縄で最大規模の最重要な軍事基地といっても差し支えないのであろう。
太平洋に向いて大きく開けた港湾基地には、二本の長い桟橋と、原潜が収容できるようなドックらしきものが地図にはある。今これを見ているのは、北中城村の渡口の海岸から、奥武岬のかなたに眺めているだけだ。
だが、カンナ崎からは西に10キロ以上も離れているここからでも、大きく見える船艦の形がわかるほどだ。
短い間眺めているだけでも、その間に艦船の、ホワイトベースへの出入り移動は続き、さらに沖合いにはまた別の船の船影も見える。
大根のように突き出た勝連半島は、その昔、勝連城という城塞があったところで、その跡が残っている。沖縄の城跡(ぐすく)については、今回の計画では本部の今帰仁城跡へ行くつもりなので、またそのときに紹介できるだろう。
このような海に突き出た岬の地形が、軍事戦略上重要視されて城塞が作られるのは、いつでもどこでも同じらしい。
もちろん、航空機が戦力の中で大きなウエイトを占めるようになってきてからは、岬の基地は海路による補給兵站の役割が大きくなっていく、というわけだ。
再びタクシーで村役場まで戻り、沖縄自動車道の喜舎場ICからバスに乗る。鉄道のない沖縄では、高速道路を走るバスが主要交通路である。だから、ほぼ市町村ごとにICが設けられているような感じだが、喜舎場ICは那覇方面片側車線にしか入れない、まことに小さなICである。
北中城村にはもうひとつ南に北中城ICがあって、そちらからは両車線に入ることができる。
北中城ICのそばを川が流れていて、その名が普天間川。
問題の普天間基地は、その川から1.5キロほど、宜野湾市の住宅街を南西に抜けたところから周囲を全部住宅地が取り囲むなかに広がっているが、それは高速道路からは見えない。
▼国土地理院 「地理院地図」
26度17分47.37秒 127度55分11.99秒
沖縄地方(2015/04/04 訪問)
タグ:沖縄県
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