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1138 大船ヶ岬=佐渡市矢柄(新潟県)寂しい集落が続く外海府先人の鎮魂を込めた碑も文弥浄瑠璃太夫の碑もあり… [岬めぐり]

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 赤崎を回り込むと、まもなく小田の集落に入る。この付近の集落は概して一様で、県道沿いに黒っぽい板壁の民家が並ぶ。それ以外にはたまにお寺や神社や郵便局、それに農協の建物があるくらい…。まあ、寂しいといえば寂しい。風情があるといえば、そういう見方もできる。
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 そんな県道を、小田から大倉、大倉トンネルを越えると矢柄まで歩くと、大船ヶ岬の付け根の海岸に到達する。
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 だが、この岬のある出っ張りは、ここら付近では非常に大きいので、小田の海岸に近い県道からも遠望できる。
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 あ、そうだった。前項でよみがなをつけるのをうっかりして忘れてしまったが、「小田」の読みは“おだ”ではなく“こだ”である。その地名表示を示す佐渡市の標識が立っているところに、なにやら彫刻やら碑やらがある。
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 これが、この地方に長く伝わる庄屋の家、梶井家の子孫が自ら建てた、自家の先祖を顕彰するものだった。オブジェのように見えていたのは、“海の精”と題する女人像の石像であった。
 これらの建立者であるらしい人が、その台座に刻んだ文字は、「外海府 先人の鎮魂を 込めて」とあった。
 相川からも遠く離れたこの場所で、慶長の時代から農林業から酒造業、海運業まで手広く取り仕切った庄屋が、江戸時代佐渡金山奉行の御用達を務めるまでには、どういう背景があったのだろうかと思ってみる。
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 石像の背景には、大船ヶ岬が遠望できる。
 この岬の名前も、かつてはこの付近の海岸近くまで太船がやってきたという記憶の名残なのだろうか。
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 その手前にも、もうひとつ出っ張りがある。これが「大倉走」の表記が地図にあるところで、大きな立岩なども山の上に飛び出している。ここを大倉トンネルで通り抜けると、次の集落が矢柄で、ここは大船ヶ岬にいちばん近い集落と海岸である。
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 もっぱらお天気のせいでもあろうが、ここもまた寂しい感じが溢れ出る。
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 大船ヶ岬のある出っ張りは、またここも断崖絶壁に囲まれている。尾根の上には灯台も電波塔のような鉄塔も見えているが、そこは140メートル近い標高があり、その南には「禿の高」という不思議な名前のついた台地がある。
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 でんでんむしの宿泊先選びは、まず国民休暇村があればできるだけそこを利用したいと思っているが、なかなかそうそう岬めぐりに便利なようには配置されていない。佐渡にもないかと探してみたが、オートキャンプ場はあったものの、通常の宿泊施設はなかった。そのオートキャンプ場の在処が、この「禿の高」。禿の高トンネルの上あたりだったのだが、そこでキャンプするのも、寂しそうだ。
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 禿の高トンネルは、そう長いトンネルではないが、50メートルくらいの高いところを通っている。狭そうなトンネルだし、中も辺りも暗いし、もうこのトンネルを歩いて抜けるのはやめて、矢柄で最終のバスがやってくるのを待つことにする。
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 道路脇に、立派な石碑が立っている。「文弥浄瑠璃太夫 北村宗演之碑」というのが大書された揮毫は、新潟県知事 君健男(1974年から四期)とあるので、碑自体は比較的新しい。矢柄で1898年に生まれた北村宗演が亡くなったのは1974年なので、没後の祈念に建てられたものらしい。
 もちろん、でんでんむしもこの人のことを以前から知っていたわけではなく、ここへ来て初めて知った。佐渡には驚かされることが多いが、能ばかりかなんと人形浄瑠璃まであったとは…。
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▼国土地理院 「地理院地図」
38.249579, 138.397692
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dendenmushi.gif信越地方(2014/05/17訪問)

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タグ:新潟県
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