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1108 田崎=佐渡市赤泊(新潟県)赤泊線は梨の木越えで佐渡南部の山を横断して東南海岸へ出る [岬めぐり]

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 佐渡の南東海岸を走るバスが、周回よりも島の中央の平坦部(ここを国中平野というらしい)とを山越え(この山を小佐渡丘陵というらしい)のルートで結ぶことを優先している理由を考えている。
 先に述べていたように、佐渡島側の越後との往来の拠点は、最短距離で松ヶ崎となっていたが、それが赤泊そして小木に移ってくる。現在の表玄関はやはり両津だろうと、この佐渡シリーズの最初で書いたが、両津側の開発はずっと遅かったのではあるまいか。
 国中平野の加茂湖側よりも、真野湾側のほうが古くから佐渡の中心地であったと思われる。歴史的な遺跡などもほぼ例外なく南西部(現在の相川や佐和田や真野)に集中している。ということは、山越えルートも小佐渡丘陵の南側を通り、船着場も南のほうが都合がよくなってくる。
 いつからか、佐渡交通は新潟交通の傘下になっているらしく、正式名称も“新潟交通佐渡株式会社”となっている。その本社は佐和田にあり、バスターミナルになっているので、赤泊線も佐渡病院前から佐和田、真野を経て山越えの道に入る。直線距離では真野と赤泊の間の山中は12キロほどだが、すごくくねくねと曲がりくねりつつ進む山路は、実際にはもっともっとある。道路自体は、広くて山の風景を眺めつつの、快適ドライブである。
 とはいえ、平日でもその便は朝・昼・夕の三本しかないので、真野御陵入口から乗り込んだバスは結構座席が埋まっていた。
 昼の便の乗客には、朝の便で病院や買い物などへ出かけるため、佐和田まで行った人たちが、また帰ってくるために利用するのだろう。それも、でんでんむしと同じく免許がない、“交通弱者”といえる年寄りが多い。でんでんむしも立派な年寄りだが、それよりずっと上の人ばかりだ。
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 真野から山に入ると、だいたい200〜300メートルくらいの山中を40分ちょっとかけて山を横断する。この日の午後、鴻ノ瀬鼻から降り始めた雨も、まだ梨の木越えといわれる山越えに入るときには降ってはいないが、次第に雲行きが怪しくなる。
 何もない山道のようだが、ところどころに集落もあるらしく、おじいさんやおばあさんが少しずつ降りて行くが、見ていると降りる時の運賃の支払いにとにかく時間がかかる。運転手さんは、そういうもんだと思っているらしく、辛抱強く待っている。だが、車内で転倒でもされたらえらいことになりかねないので、その注意だけはくどいほど念を入れている。
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 広い道の脇に、スズキのセニアーカーが停めてある。佐渡ではこれのユーザーも多いようで、あちこちでよく見かけた。道路やバス停からは見えない集落までの行き帰りに、これを使うために置いてあるのだろう。そのときはそう思って納得した。免許もいらない歩行者扱いのこのクルマは、佐渡のようなところこそ利用価値があるのかもしれない。
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 買えば30数万円はするらしいが、もともと福祉用の電動車椅子の開発から派生した商品と聞いていた。セグウエイやその他開発中の動く椅子みたいなものもあるが、これらはまだ公道を走ることが認められていない。こういう年寄りや体の不自由な人のための簡便な移動手段が、安全に走ることができる世の中にすることも、迫られてくることになろう。
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 真野から南へ下ると赤泊で、浦津や真浦とともに海岸に多少の平地があるため越後との往来の拠点になり、古くから要衝となってきた。それがこの周辺は海岸線だけでなく、山寄りに広く集落が展開させてきたのではないか。
 現在でも、赤泊港から北西寄りに、川筋に沿って幾つもの山間集落が続く。
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 赤泊まで降りてきて、多田へ行くバスを、赤泊漁協前で待っていると、小学校の運動会のポスターが貼ってあるバス停の向こうの歩道を、年配女性が乗ったセニアーカーがのろのろとやってきた。やはり、こういうのが安全に走るには、歩道が広く完備していなければならないのだろう。
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 赤泊の漁港の前から南の方を眺めると、平らな尾根の張り出しとこんもりとした森のような木々が茂っているようにみえる。
 この付近が田崎に当たる。田崎は、いちおう名前が地図上に残ってはいるものの、実質的にはもう造成が進み家も建って、護岸がされていて岬の形をとどめていない。
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 しかも、バスが走る道路と護岸の間が離れていて、家が立ち並んでいて視界が利かない。
 バスが赤泊を通り抜けた後で、捉えるのにも失敗した。竹ヶ鼻や春日崎のように、往復で二回チャンスがあればなんとかなったのだろうが、赤泊から先はワンチャンスである。したがって、ここは遠望でごまかすしかなくなった。
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 田崎を過ぎたところが真浦で、佐渡に流されて4年を過ごした日蓮聖人が、赦免を得て船出をしたところだとされている。
 雨の赤泊からは、下校の小学生が賑やかに乗ってきた。彼らが、バス停に着くたびに少しずつ減っていき、最後の一人も降りたときには、もう次の岬のそばまで来ていた。

▼国土地理院 「地理院地図」
37.86218, 138.407336
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dendenmushi.gif信越地方(2014/05/15訪問)

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タグ:新潟県
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