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でんでんむし@アーカイブス★むかしの人は言いました=その29 臨時特別連載「道歌」 [番外DB]

 反省だけならサルでもできる…そんな文句が流行ったときがありましたね。そのお猿さんたちの“軍団”も、ついに解散したようですが、こういうことが流行ると「反省」という言葉が、かなり軽くなって使いにくくなってしまうのがなって困りますね。
 ほんとは「反省」だけでもしたほうが、しないよりはずっといいんだろうと思いますけどね。
 「論語読みの論語知らず」のでんでんむしですが、冒頭の一首がその「学而編」をネタにしてひねっていることくらいはなんとかわかります。
  曾子曰 吾日三省吾身 為人謀而忠乎 与朋友交言而不信乎 伝不習乎
 「曾子曰く、われ日に三たびわが身を省みる。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、(孔子に)習わざるを伝えしか。」
 一日に三度、三点までとは言わないまでも、朝起きた時くらいはちょっと考えてみて…。うん、それならできるかもしれんと、実はちょっとその気になって習慣化しようとしたこともありました。
 それで? まあ、それは書かないほうがよいでしょう。でもね、朝目が覚めたときには、しばらく頭をあれこれ遊ばせて…。そんなことをこころがけていた、そういう頃もありました。

kokoro.jpg
29 mark.jpg りみて…

暁の 寝覚めになりと 思いみよ 日々に三たびは 省みずとも

奢ったり 遊んだりした 仕返しに 難儀な年の 尻がくるなり

釈迦もまた あみだも元は 人ぞかし われもかたちは 人にあらずや

人のただ よかれと思う いさめごと 耳に入らぬぞ 愚かなりける

人我に 辛きも人を とがめずて 我が身の悪き 影とこそ知れ

道の辺の 草にも花は 咲くものを 人のみあだに 生まれやはする

若きとき 学ばぬ悔いを かみしめる 奥歯なきまで 身は老いにけり

我が宿に やしないおける 犬だにも うち罵りて 責めじとぞ思う

我が善きに 人の悪しきは なきものぞ 人の悪しきは 我が悪しきなり

世の中の 人をあしとも 思うなよ 我だによくば 人もよからむ

こころよく 人事いわず いんぎんに 慈悲ある人に 遠慮ある人

仁は海 義は高山の 姿なり 誰もかくこそ あらまほしけれ

馴れ馴れて いかに親しき 仲なりと 心にふだん 礼をわするな

掃き掃除 礼儀配膳 何事も じだらくにせず 清くととのへ

気もつかず 目にも見えねど 知らぬ間に ほこりのたまる 袂なりけり

なき物を 仕出す宝の 手を持ちて ただおく人ぞ 愚かなりけり

水壺の 水はいつでも 清けれど わが不精から ためる水垢

夜遊びや 朝寝昼寝に 遊山好き 引っ込み思案 油断不根気

悪いとは 知りつつ渡る ままの川 流れて淵に 身を沈めけり

借りるときは 頭の上に いただけど 返さぬ傘は 足下にあり

Dhanseisaru.jpg

dendenmushi.gif(2014/05/11 記)
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タグ:道歌
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