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1040 切宮岬=長崎市牧島町(長崎県)長崎街道が通る矢上まではきたがこのほか牧島にもうひとつある岬までは… [岬めぐり]

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 このバスがどこを通ってどこへ行くのかが、あらかじめ確かめられなかったので、地図を見ながらおおよその見当をつける。
 切通というバス停の名前に反応して、降車ボタンを押していた。そこがいちばん海岸に近い。
 切宮岬は、ここから団地の間を抜けて海岸に出れば眺めることができるだろう。その後のことは、その後で考えればよい…。
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 バスを降り、歩いて橘湾に出た…。つもりだったが、まったく出ていなかった。その海岸には、高い堤防がまっすぐに延々と切れ目なく続いていて、背伸びしてもジャンプしても、海も岬もさっぱり見ることができないのだ。
 田中町というこの付近も、当然埋立で広がった土地で、下水処理場やら創価学会のでかい建物だとか中央卸売市場などが、八郎川の河口右岸の三角地帯を占めている。
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 その横の堤防の道をひたすら歩いて行くのは、かなりの苦行であった。見えるはずの海がこんな目隠しをされて見えないというのは…。
 津波も高潮も怖いけど、これを越えてくる場合はどうしようもないわけだし、果たして対策としてこれが最善なのかどうかということを、どうしても考えてしまう。途中、ちょっと切れ目があって、そこから見えるかと思えば、そこはまた厳重に立入禁止の壁に覆われている。
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 さびしい道をさびしい気持ちで歩き、やっと矢上橋の下に出たところで橘湾に浮かぶ牧島の北西端に飛び出ている切宮岬を望むことができた。
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 八郎川の河口付近から、南東に浮かぶ牧島は周囲12キロ。なにやら深海の古生物を思わせるような形が入り組んだこの島は、戸石のほうでぐっと陸地に接近していて、この東で橋で結ばれている。
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 元はこの島も東長崎町だったが、現在は長崎市牧島町。これも名前から推測ができるとおり、昔はが牧場(まきば)があったところだ。江戸時代にはここに諫早藩(次項で訂正)が馬放牧場を設けていた。
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 なんでも、戦時中は“震洋特攻隊”の基地が、切宮岬付近に置かれたという。これは、連合軍の上陸艦船に体当たりしようという本土決戦の水際作戦であった。そんなものを作戦といわなければならないのが、なんとも哀しい。
 ひとつの島で一町の牧島は、凸凹が多くそれが何重にも重なりあって遠近をつくっているので、こういうお天気のときには、水墨画のような淡い濃淡を示してきれいだ。
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 実は、牧島には北東の端にもうひとつ曲崎という岬がある。当然、計画ではこの長崎市の端の端まで行くはずだった。ただこの付近、戸石へ行こうにも牧島へ行こうにも、バスがあまりにも不案内で、今回はついにここから先へ行くことができなかった。
 行けなかったそこには、もひとつおまけに曲崎古墳群という史跡もあるが、これらは結局積み残しになってしまった。
 でも、ここまでだけでも来てみると、なんとなく土地勘というか、ああこうなっているんだということが理解できるようになる。次の機会には、きっとなんとか行けるだろう。
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 矢上大橋を渡った東側が「かき道(かきどう)」というめずらしい名で呼ばれている地域で、これもいずれは海の恵みの「かき」に由来するらしいのだが、詳しいことは地元の人に聞いてもわからなかった。
 かき道にも戸石にも、矢上の西の山の上にも、この地域では大きな住宅団地がたくさんある。新しい住民が増えているのだろう。路線図には描いてなかったが、長崎バスもこの山の上の団地を回っているのだろう。
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 八郎川左岸には東望港という港もあり、右岸には広大な敷地に中央卸売市場がでーんと居座っている。これをまた大迂回して、長崎市街へ向かうバスの停留所を探さなければならない。
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 行けども歩けども、なかなかそれらしい雰囲気がなく、誰かに尋ねようにも人にも出くわさない。しかたなく、誰かいないかと運送会社の門を入ってみると、ちょうど建物から出てきた人がいる。さっそく聞いてみると、ここはちょっとバスが不便なんでねと言いながら、帰るところだからバス停まで送ってあげるという。ありがたい。助かります。
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 その人が運んでくれたのは、番所橋。そこを左に曲がったところに長崎駅行きのバス乗り場があった。
 この通りが、国道34号線であり、旧長崎街道とも並行している。ここを長崎市街に向かう道は、南に伸びていて、東望道ともいう。

▼国土地理院 「地理院地図」
32.762109, 129.964834
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dendenmushi.gif九州地方(2013/11/02訪問)

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