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986 明神崎=気仙沼市本吉町大谷(宮城県)とても数え切れない本吉町字地名の広い地域をBRTで走り抜けるところで [岬めぐり]

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 館鼻崎と明神崎とは850メートルほど離れていて、どちらも道路からは5、600メートルも離れている。館鼻崎の場合は、湾曲する大谷海岸があったので、かろうじて車窓にその姿をとらえることができたが、明神崎はぽこっとした丘もあって、道路もすぐ北へ向いて離れてしまうので、それとどうにか確認できたのは、北東に1.4キロも離れた御伊勢崎からであった。
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 仙代崎を過ぎて、南三陸町から気仙沼市に入って、ここは本吉町大谷。この付近の地名には本吉町と字名が必ずくっついて成り立っているようだ。
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 国土地理院の地図では、住居表示を示していないので、こういうところは住宅地図のMapionならではの利点が、充分に発揮される。
 海岸線では、南の本吉町蔵内から、本吉町歌生、本吉町今朝磯、本吉町二十一浜、本吉町菅の沢、本吉町小浜、本吉町下宿、本吉町川原、本吉町中島、本吉町道外、本吉町津谷長根、本吉町大沢、本吉町幸土、本吉町小金沢、本吉町赤牛、本吉町谷地、本吉町前浜、本吉町天ヶ沢、本吉町田の沢、本吉町日門、本吉町九多丸、本吉町三島、本吉町大谷…と、うるさいほどりちぎに本吉町を名乗っている。
 いったいいくつあるのか、数えようとしてすぐにめんどくさすぎるのであきらめた。これでも本吉中心部の込みいったところは少しはしょっているのだが、明神崎から北へもさらに、本吉町野々下、本吉町沖の田と続き、その先でやっと本吉町が終わり、今度は波路上に席を譲る。
 一方山側のほうも、西は一関市との市境にいたるまで、ぎっしりと本吉町は続いている。
 宮城県の全図をみると、北の岩手県との境は、西から栗原市、登米市ときて南三陸町に続いていて、そのうえにぴょこんと飛び出すような形で、気仙沼市がくっついている。いかにもムリした感じで、普通の流れで線を引くならば、ここは岩手県に入ってもおかしくないような線引きなのだ。
 おもしろいもので、こういう直感的に思うことはよく当たっていたり、なにかの理由があるものだ。現在の気仙沼市は、江戸時代には同じ仙台藩に属していたというのだ。
 現在の岩手県陸前高田市や大船渡市とともに、ひとつの経済圏、ひとつの地域として交流を深めていたので、言葉も同じであるという。
 1889(明治22)年に町制施行して村から気仙沼町となって以来、戦後周辺の町村を合併で取り込んで市に発展してきたが、平成になってからも東の太平洋に面する半島の唐桑町を市域に加えた。
 そして、最後に2009(平成21)年に、本吉郡本吉町を気仙沼市に編入している。現在の地名は、そのためにうまれたものである。「本吉町」という名をそのまま継続させなければ、住民のナットクが得られなかったのであろうか。
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 館鼻崎を眺めているときには、一般道の国道45号線を走っていたはずだが、いつのまにかBRT専用線を走っているバスの車窓には、ショベルカーなどの重機と、がれきや土砂の山が続いている。
 本吉町大谷から北へ、耕作しているのかいないのかよくわからない畑など、どこまでも平たい地面が続く間を専用道がのびる。そこをまっすぐ走っていくと、途中には一般道と交叉する場所もある。
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 こういうところには、踏切(やっぱりそう呼ぶのだろうね)がある。警戒色ようなオレンジ色に塗られたところには、ちゃんと遮断機があって、BRTバスが通過中はバーが下りるようになっているところもある。
 前方に、陸前階上駅が見えてきた。
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▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
38.813141, 141.578188
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dendenmushi.gif東北地方(2013/07/03訪問)

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