947 龍王崎=大島町波浮港(東京都)ハブの港はなんで知った伊豆の伊東とは郵便だより下田港とはヤレホンニサ風だより [岬めぐり]
かねがね想うところだが、歌の力は大きい。その見方にはいろいろな側面があって、一言には集約できないけれども、でんでんむし的には「まだ見ぬものを知る」ということがいちばんである。
「波浮港」という港が、大島の南端にあることも、“作詞:野口雨情 作曲:中山晋平”というゴールデンコンビの『波浮の港』によって知った。そのレコードが出たのは1928(昭和3)年で、佐藤千夜子と藤原義江の競作になったらしいが、それを聞いたのは戦後のラジオ放送によってである。
磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃかえる
波浮の港にゃ 夕焼け小焼け…
という歌詞を聴いて、勝手に小さな島の港の有様を想像していたものだったが、この歌がつくられた昭和の初めには、定期船便もまだできておらず、観光で訪れる人などひとりもない離島の寒村であったはずである。
野口・中山コンビは、日本の各地を旅行してたくさんの歌をつくったが、この歌は実は現地に行かないままの、クリエーターの想像の産物である。
「波浮港」のもうひとつの有名な歌は、都はるみの『アンコ椿は恋の花』(作詞:星野哲郎 作曲:市川昭介)であることには、誰も異存があるまい。1964(昭和39)年当時の星野哲郎の作詞は、なかなか冴えていてみごとである。
三日おくれの 便りをのせて
船が行く行く ハブ港…
自ら船乗りであった星野の船の表現は、やはり独特の色合いが光る。「三日おくれの…」というなにげないワンフレーズが、離島を的確に表現している。「ハブ」がカタカナなのはなぜかわからないが、使ってみるとあまり感心しないATOKで「波浮」が出てくるのは、「はぶみなと」と入力したときだけである。
歌ではさんざんに馴染んだ波浮港も、実際に訪れるのは初めてで、まずはバスの運転手さんのお勧めに従って、見晴台とやらで降りてみる。
そこは見晴台といっても、道路脇の狭いスペースがあるきりで、そこに『アンコ椿は…』の歌碑も建っているが、なにしろ碑の前にスペースがないので道路の真ん中に立たないと正面から見えない。
60メートルくらいの切り立った崖が、小さな丸い袋になった入江を取り囲んでいる。なるほど、見晴台のところだけ植生を切り払って波浮港の展望がきくようにしてあるので、ここ以外の場所からはうまく見えない。
小さな丸い袋は、1200年くらい前の割れ目噴火できた丸い火口湖であったらしい。それが、元禄時代に起きた小田原地震で津波が発生し、そのときに海側の輪が崩れて海とつながる湾になった。それからさらに、湾口を広げて港として使われるようになった、というのである。
龍王崎は、この古い火山湖の東の尾根だった出っ張りの先端で、尾根の上は比較的平で、人家も多い。その先端部には白い灯台が見えていたので、そこまで行こうと歩いていたが、地図で見ても灯台につながる道は表示されていない。ガイドもないので、適当に歩いて行くうちに、住宅が取り壊された空き地で行き止まりになってしまった。南の沖に浮かんでいるのは利島。
灯台は低い谷を挟んだ150メートルくらい先に、その頭だけ見えているのだが、これ以上は行けないよとネコがバカにしたように、こちらを見ている。
是が非でも灯台というわけでもないので、ネコにさよならして港に降りて行く途中には、この付近ではかつての網元の家が甍と石塀を並べていたという、往時の繁栄を偲ばせる一角がある。「甚の丸」という網元の家のひとつが保存されていて、江戸時代に開港されてから昭和の初め頃までの全盛期があった港町の風情を伝えている。
港へ降りる石段の坂道には、“NPO法人 波浮の港を愛する会”によって、文学の散歩道として、波浮港を訪れたいろんな文学者の石碑が建てられている。
坂道の前を行く女性のグループは、港に降りると迷いなく、“コロッケ”の旗が一本出ていなければ店ともわからないような店に入っていった。
コロッケの近くには、“磯の鵜の鳥”をモチーフにした『波浮の港』の歌碑やらメロディを奏でる装置まであるが、南を背にした岸壁の堤防に設けられているので、常に逆光位置になる鵜は影のようになる。
現地を見ないで歌詞を書くことは、現在でもめずらしくないらしい。ときどき、そんな話も聞くが、ヒットすればするほど興ざめの感もある。
野口雨情が想像した波浮港に、“磯の鵜の鳥”をもってきたのは、単に彼の故郷である北茨城の海岸では多い“鵜”に、海鳥といえばそれしかないくらいなじみがあったからだろうが、この歌碑の鵜を除けば波浮港には鵜は一羽もいない。(参考:サイト内リンク 006 五浦海岸 186 鵜の岬 187 鵜ノ子岬 188 九ノ崎 189 鵜島の鼻 )
また、西側も60〜70メートルの断崖で遮られた波浮の港にゃ夕焼け小焼けは見えない、という突っ込みも容易にできる。まあ、龍王崎に上がれば、夕焼け小焼けも見えましょうが…。
▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
34.684941, 139.444349
関東地方(2013/03/22訪問)
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