670 楯ヶ崎=熊野市甫母町(三重県)神のたたかひたる処は海と岩とが打ち合いせめぎ合うところ [岬めぐり]
うつなみに満ちくる汐のたたかふを楯ヶ崎とはいふにぞありける
これは、平安時代中期の増基法師という人の歌であるが、熊野市のホームページによると、その紀行文には、「神のたたかひたる処とて、楯をつらねたるやうな巌どもあり」と記されている、という。
そのくらいだから、昔から有名な岬だったといってよい。それもこれも、熊野路が主要なルートとして存在し続けたため、人の往来が絶えずあったことも、預かって力があったろう。尾鷲市と熊野市の境は、伊勢の国と熊野の国の境界でもあった。
それにしても、三木里から二木島へかけての山越えのルートをはずれて、わざわざここまでやってくる人は、そう多くはなかっただろうが、その労を惜しまずにきた人には、それなりの満足を与える景色といってよい。
増基法師の言うごとくに、海の波と岩とが強く打ち合いせめぎ合う、その最前線のシンボルこそが「岬」なのだが、ここはもう岬というより、ほとんど島である。
現代ではさほどには知られていないのは、ひとえにアクセスが不便だからだろう。自動車道からは遠く離れて、木々の間を抜けると、突然にみごとに広く大きい花崗岩の斜面を乗り越えて行くと、だんだんにその姿を現わすという仕掛けになっている。
これまた、なかなかの演出である。
柱状節理の花崗岩が、海からほぼ垂直に立ちあがっている。これを「楯」だと思って命名した古人は、武人であったのだろうか。
標高50メートル(国土地理院の地形図によるとそうなのだが、熊野市のホームページでは、岸壁の高さを100メートルとしている)ばかりの岩の島である。島の北側は3つの峰をもつ断崖絶壁が続いているので、これを眺めることができるのは、でこぼこの半島の西を巻いて延びる一本の山道をやってきて、迂回して接近するルートしかない。熊野市のページは帰ってきてから見たものだが、それによると楯の奥は“楯ヶ崎観光遊覧サービス”という遊覧船で見物することもできるとあった。だが、駅から港を眺めながら歩く途中では、それらしい何ものも見つけていなかった。
こういう遊覧船は、あっても運行時刻表がちゃんと示してあって、終日フルタイムで営業しているところは少ない。それも、客が一人だけでは、船を出してくれなかったりする。団体やグループでなければ、利用できない。
うっかりすると、海まで転がり落ちてしまいそうな岩の斜面の行き止まりには、擬木の柵とベンチを兼ねたような標識があるので、そこが楯ヶ崎のいちばんのビューポイントなのであろう。残念ながら、逆光のため、柱の影がはっきりと浮かび上がってこない。足場を選んで変えることもできない。
自然の造形には、驚かされることばかりだが、そうしたものに名勝景勝、奇景絶景として、名前を付け、話題にし、人に伝えてきたことも、考えてみれば人間の不思議な活動のひとつであった。
でんでんむしが、ここへやってきたのは、熊野路岬めぐりの最終日、朝一番にホテルを出て無人駅の大迫駅から無人駅の二木島駅に降り立った。ここもタクシーというわけにいかないので、最初から、片道6キロ以上は優にありそうな、駅と岬の往復すべて歩く覚悟でやってきた。
となると、荷物を背負ったままでは邪魔になるし疲れる。もちろん、コインロッカーなどはどこにもない。小さな駅舎の裏手の隅に、置いたままにして、手ぶらで歩き始める。
湾に沿った堤防と道路と二木島の集落が、海と山の間に細長く続いている。
水分補給ステーションの役目をもっている自動販売機が、どこかにあるだろうと当てにしてきたが、どこにも影も見えない。そのうちに、集落がとぎれてしまった。そこらまでが熊野市二木島町で、311号線と道が合流して細くなると甫母(ほぼ)町になる…。
…と、思いきや、その間に二木島里町(二木島町とは別に)という地名が挟まっていた。これは、歩いているときにはまったくわからず、帰ってきて地図で住所表示を確かめてわかった。
三木崎や橋掛崎などのところでもふれたことだが、地名の表記と区切り方には、とても深い由来があるのだろうが、そういうことに無関心であり続けてきた結果、今やほとんどその情報も伝えられず得られないようになってしまった。
尾鷲市の盛松と同じようになのか、二木島里町にはほとんど人家がないように思われた。だが、熊野市の統計では、
甫母町 76世帯 男69 女83 計152 面積2.40平方キロメートル
二木島里町 37世帯 男34 女40 計 74 面積0.25平方キロメートル
となっていた。山の中には集落ができそうな場所がないので、海岸につながっていた集落の一部が、二木島里町なのだろうか。
それには気がつかずに通り過ぎてしまったが、甫母町の一か所だけに固まっている集落で、誰もいないし商品らしいものもないような店構えの前にやっと自動販売機を発見!
なにしろ、二木島駅から楯ヶ崎までの間、ほかに店も一軒もないし、自動販売機はここひとつだけ。都会では、うるさいほどあって、邪魔なうえに電気を食うというので冷たく見られているものが、こんなに貴重にありがたく思えたことはなかった。
それでも、ちゃんと人が歩いているのには何度か出くわした。尾鷲のように、すれ違うときには挨拶をしたが、先方からはまったくの無反応。こういうことが、四度続いたので、どうやら伊勢から熊野へ国が違えば、他国者との接し方も違うものらしい。
かといって、不親切というのでもないらしい。甫母の集落から1.5キロ程度東へ行ったところで、漁港のような岸壁で道が行き止まりになってしまい、標識も何もない。海岸づたいには岸壁が切れたところで、その先へは人が入れない。いったいどう行けば、阿古師神社を経て楯ヶ崎へ行けるのだろうと、立ち往生してしまった。
すると、少し離れた遠くに浮かんでいた船の中から声がして、道を教えてくれたのである。岸壁の山側に数戸の浜小屋が並んでいたが、そこに上って小屋の隙間を行くのだという。こりゃ、誰かが教えてくれなければ、わかるものではない。ありがとう!
もっとも、この岸壁にくるのではなく、311号線を須野町のほうへ登って行って、その途中からこの半島に降りてくるのが、正式ルートらしい。
楯ヶ崎のすばらしさは、この柱状節理の楯だけではない。ここまでよぎってきた花崗岩の岩場が、これまた他に例をみないといってよいのだ。それは、次項の別の岬になる。
33度55分54.37秒 136度12分46.42秒
東海地方(2011/04/14 訪問)
北海道ですか。
お気をつけて~(^_^)/~
by 夢空 (2011-07-13 09:32)
楯ヶ崎だけ雰囲気が違いますね。人を寄せ付けない迫力があります。
本州を脱出ですね♪北海道の岬めぐりレポート楽しみにしてます。
気を付けていってらっしゃい!
涼しいといいですね(^-^;
by ぱぱくま (2011-07-13 23:29)
これは素晴らしい半島ですね。
信仰の対象になったとしても不思議では内容に感じました。
50㍍の絶壁...実際見てみたいです。
きっとすごい迫力なんでしょうね。
北海道ですか、彼の地は涼しいのでしょうか。
どうか道中お気を付けて。
by ナツパパ (2011-07-14 08:17)
@北海道は、終始、雨と濃霧の中でした。帰って来たら、今度はこっちが台風…。
この台風で、尾鷲のもっていた降雨量記録が、ついに破られ更新されたらしいですね。
by dendenmushi (2011-07-21 06:07)
@そんなわけで、今度の北海道岬めぐりレポートは、なかなか苦労しそうですね。
涼しいを通り越して、寒いくらいでしたよ。
by dendenmushi (2011-07-21 06:09)
@今回のコースは、千歳⇒苫小牧⇒様似⇒えりも⇒様似⇒苫小牧⇒登別⇒室蘭⇒有珠⇒豊浦⇒長万部⇒黒松内⇒寿都⇒岩内⇒積丹⇒美国⇒小樽⇒千歳…でした。
熊野路も、あと数回で終わりますので、その後、北海道シリーズに入ります。
by dendenmushi (2011-07-21 06:16)