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57 晴海トリトンスクエア。たくさんの思い出も残してくれた場所だが近年停滞気味で気になる [月島界隈]

 月島に仕事場を移したときには、晴海トリトンスクエアもすでにあり、都営大江戸線も開通していたので、毎朝「勝どき」駅から晴海通りの歩道を歩く大勢の通勤の人々の群れが、南西へ向かって帯のように流れていくのを眺めていた。
 少し年配の人も混じってはいるが、大半は若い人たちで、しかも女性の比率が非常に高い。高齢化とか言われているが、ビジネスの現場は、やはり若い人の世界である。
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 正式には「晴海アイランドトリトンスクエア」というが、ここは三棟の高層オフィスビルが立ち並び、北の端には都営住宅らしいマンションもくっついている複合商業施設である。住友グループの資本が入った再開発によるものらしく、店子も住友商事などがメインのようである。
 中小企業ばかりで大企業の経験がなく、自分でつくった会社は超零細。いわゆる“エリート”とは、ほど遠い世界を生きてきたでんでんむしには、多少は「あの人たちのように、IDカードをぶら下げてケータイをもち、社食でお得ランチを…」といった今風の、恵まれたビジネスマン、ウーマンへの若干の羨望がなかったとはいえない。
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 ちょうどその頃、NHKが『ロッカーのハナコさん』というオフィスものテレビドラマを放映していたのだが、これがこのトリトンスクエアでロケをやっていて、吹石一恵が、ともさかりえが自分がいつも歩いている場所で、今日はどこが映るのか…というおもしろさがあった。
 大きなくりっとした眼がチャームポイントの吹石一恵という女優が少し気になったのは、彼女の父親が近鉄の選手だったからである。テレビにかじりついて、江夏の投球の一球一球に祈る気持ちで手に汗を握っていた、あの時のことは、忘れられない記憶として刻まれていた。
 古葉監督率いるわが広島カープが西本監督の近鉄バッファローズと争った1979(昭和51)年の大阪球場での日本シリーズ第7戦、有名な伝説となった広島1点リードの9回裏、無死満塁の二塁走者が、吹石徳一選手だったのである。
 翌年、文藝春秋から創刊された『Sports Graphic Number』に、山際淳司の『江夏の21球』が掲載されると知って、発売日に書店に駆けつけたものだった。
 余談になるが…というのも、すべてが余談の積み重ねのようなこのブログではわざとらしい。この作品がマンガの原作によるということを、観ていたときにはまったく意識していなかったのだが、『JIN-仁-』の例を持ち出すまでもなく、最近のテレビドラマの多くが、自分で苦労しないでマンガから栄養分を吸収することでなりたっていることを、改めて確認したときにこれもそうだったのだとついでに気がついた。
 マンガ原作なら飛びついても、もし同じものがオリジナル・シナリオで持ち込まれたときには、テレビは目もくれないのではないか、おそらく…。
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 高層オフィスタワーは、X棟、Y棟、Z棟の3棟がトライアングルを構成している。三本の柱のその中央に、避難場所にも使えそうな広いスペースがとってある。その北側にもうひとつ中層のW棟があるので、この4つで「スクエア」と名付けたという説明がウイキペディアにはあったが、それはどーだろう。いささか苦しい、こじつけのようにしか思えない。XYZに異質なWを加えてムリヤリ線を引いてみても、いびつな変な形の四角にしかならない。それよりも、ここは素直に“広場”という意味で理解しておくほうが、どう考えてみても自然である。
 また余談だが、平日は毎日午前11時30分頃から、この広場の一角に、お弁当の販売ワゴンが並んでいた。トリトン内の飲食店がそれぞれ自慢?のお弁当を積んで集ってくるのだ。オフィスビルから出てきたたくさんの人たちが、自分の好みのワゴンの前に立って、袋をぶら下げて仕事場へ帰って行く光景が、なんともおもしろかった。社食がある会社ばかりではないのである。どうせ、どこかの誰かが横槍を入れたのだろう。昨年から、広場のお弁当ワゴンはなくなり、オフィスビルから遠いはずれに押し込められている。これでは、弁当の販売にも影響が出よう。
 W棟には、慈恵医大晴海トリトンクリニックがあるので、よくお世話になった。加藤先生、お元気でしょうか。また、広場の上には、第一生命ホールがあって、何度か演奏会にも行ったが、咳がひどくなってからは遠慮してきた。土日になると、楽器ケースを抱えた人たちが、大江戸線などで集ってくるのを、よく見かけた。 
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 オフィスタワーのほうは、無用の者が立ち入るわけにもいかないが、商業施設内の食べ物屋にもよく行った。ここに行き始めた頃には、「クイーンアリス」というフレンチには石鍋裕、「トゥーランドット」という中華の店には脇屋友詞と名物シェフがいた。それぞれが競い合って、施設全体を盛り上げていた。その頃の、晴海トリトンスクエアは、よそから来たお客さんを連れて行っても充分喜んでもらえるような場所だった。
 だが、こういう繁華街でもなく集客力があるわけでもない、後背地が広く肥えているわけでもない場所で、家賃を払って飲食店やその他の店をやっていくのはいかに大変なことか。素人が考えても、充分推測ができるのである。
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 残念ながら、数年したところで石鍋シェフも脇屋シェフも、店ごと引き連れて他の場所へ移って行ってしまった。
 施設運営会社も苦心をしているようだが、次々と出店者が入れ替わる。いつも利用していた人間の目から見ても、“60のショップ&レストラン”は、だんだんと魅力がなくなっているような気がして、まことに淋しい。
 建物の上にかなりな規模の緑地をつくって、四季折々の花や樹木が楽しめるのもよかった。これらの設計というかデザインというかも、なかなか凝ってはいるが、このデザインでは北の端の商店にまで、ただでさえそう多くない客を誘導するのはむつかしいな、と思っていた。案の定、今では何度も飲食店が入れ替わった後が、住友グループの保育所になったり、100円ショップになったりしている。
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 晴海トリトンの北西側、朝潮運河に沿った「さくらの散歩道」は、自動車は通らない広い道である。東京都中央区にとってこの道兼広場は、さまざまなイベントも行なわれる貴重なスペースになっている。
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 ここにレクサスのマークをつけたトヨタの販売店があるのは、一見不思議に思える。だが、晴海の見本市会場から帰る途上での昔の記憶を思い起こしてみると、トリトンのある場所には確かに都営住宅もあり、その脇にトヨタの店があった…。
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 晴海通りが朝潮運河を渡るのは黎明橋だが、そのそばにはトリトンブリッジという動く歩道の橋がある。こういう橋もめずらしいのではないだろうか。これは中央区の「区道」であるという。市道があれば区道があってもおかしくない。区道があることは、ここで初めて知った。
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 都会の中のこういうスペースは大変貴重で、街づくり、地域の魅力ポイントとして、今後も重視されるべきで、晴海トリトンはそのテストケースになろう。
dendenmushi.gif(2011/05/18 記)

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きた!みた!印(38)  コメント(4)  トラックバック(0) 
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コメント 4

ナツパパ

大江戸線に乗ると、勝どき駅での乗降者が多いのは、
やはりこの複合施設がある故なのですね。
朝など、地上まで出るのに苦労するとも聞きますが、それほど人がいても
商業施設は苦労するのですねえ。
たしかに、ビジネス目的以外でここを目指して、という人は多くないかも
知れませんね。
きれいでよく作られた施設に思えるのですが。
by ナツパパ (2011-05-18 08:42) 

ぱぱくま

この街が出来て人の流れは確実に変わりましたね。
でも平日と休日の顔がだいぶ違います。まだまだビジネスとしての
顔の方が強いのでしょうね。
トリトンならではの何かを期待したいと思います。
by ぱぱくま (2011-05-19 00:15) 

dendenmushi

@今日の「勝どき」の項で書きましたが、大江戸線のラッシュは、「門前仲町→勝どき」間がすごいんです。
 これだけ人がいるんだからと誰でも思いますが、わざわざ遠くからはやってこないので、限界があるのでしょうね。
 わたしも、こういう施設は、近くにあればいいと思いますが…。
by dendenmushi (2011-05-21 06:53) 

dendenmushi

@そうなんです、休日となると、もう閑散としていますからね。オフィスビルに働きに来る人は、ランチぐらいでは当てにできるのでしょうが。
 じゃ、地元の人、付近の人がどのくらい利用するかが問題ですが、そういう感覚とはギャップがある。休日だけ業態を変えるなんてこともできないので、それもむつかしい…。
by dendenmushi (2011-05-21 06:58) 

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