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638 四子ノ崎=牡鹿郡女川町出島(宮城県)300メートル鹿…いやしか離れていない“離島” [岬めぐり]

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 確かに金華山は鹿だらけだったけれども、牡鹿半島の名は昔から鹿がたくさんいたからというのは、説としても見当たらない。そりゃそうだろう。じゃあ雌鹿はどうしてくれる…ということにもならない。牡鹿郡は牡鹿半島だったからなのか、牡鹿半島が牡鹿郡にあるからそうなったのか、それもわからない。秋田の「男鹿」もそうだが、地名はもはや多くの場合、記号としての意味しかもたない場合が多いのだろう。
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 半島の西と南でその半分と金華山を占めていた牡鹿郡牡鹿町が、これまた2005(平成17)年に石巻市に合併してしまったので、女川町はついに牡鹿郡でただひとつだけの町になってしまった。
 残された女川町は、原発があるからなんとかやっていこうということなのだろうか。
 半島周辺の無人島を含む島々には牡鹿諸島という呼名もあるが、女川では出島(いずしま)と江島(えのしま)という二島に住民が住んでいて離島振興法の指定を受けている。岬があるのは、出島のほうの四子ノ崎のみで、ある。
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 四子ノ崎は、出島の南の集落である寺間の船着き場に入る右手にあるのだが、第三セクターで島民の足を確保しているシーパル女川汽船の「しまなぎ」には、もうひとつの寄港地があること、しかもどちらに先に寄港するかは、便によって違うということは、後で知った。
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 たまたまでんでんむしが乗った便は、先に島の北西部にある出島のほうに寄ってしまったので、てっきり寺間に着くものとばかり思い込んだまま船室に閉じ込められていると、どこをどう走っているのか、わけがわからなくなってしまった、というお粗末。
 案内放送? そんなもなぁありゃしません。だって、船に乗る人はみんなそんなこたあわかっている。これは遊覧船ではなく、連絡船なのだ。
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 出島と寺間、島で人が住むのはこの二つの集落あわせて300人足らず。二つの集落の間に先生の宿舎つきの小学校と中学校がある。離島振興法の対象ではあるが、西向かいの尾浦から延びているいくつものツノをもつ岬とは、いちばん狭いところで300mしか離れていない。
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 当然、橋があれば、橋を架けようという声が持ち上がる。これは、二日後に尾浦を通って雄勝町へ行ったとき、バスの運転手さんから聞いた。「陳情したり調査したりしてますけど、どうなんでしょうねえ」と、運転手さんはあまり可能性に期待している風ではなかった。
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 300メートルくらいであれば、現在の技術であればわけもない架橋だが、300人のためにというところがネックなのだろうか。
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 それでも、水道は本土から海底に水道管を引いているし、し尿、ごみなどは全部本土に搬出して処理しているという。それを考えるならば、橋を架けるくらいさっさとやったほうがよいように思えるのだが…。
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 この出島という“離島”には、驚いたことに縄文時代の貝塚遺跡が発見されている。そんな大昔から、人が住み着いていたところでも、現代に住むには苦労も多い。
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 出島の周囲は、岩礁が取り巻き、釣り場として人気らしい。そもそも四子ノ崎の名は、岬の東に連なる四つの並んだ岩島に起因するようだ。現在のこの釣ブーム、それをうまく活かした島おこしなんかどーだろう、と考えてもみたが…。

▼国土地理院 「地理院地図」
38度26分16.17秒 141度31分37.95秒
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dendenmushi.gif東北地方(2010/09/19 訪問)

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タグ:宮城県
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