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563 松が崎=上水内郡信濃町大字古海(長野県)プリンスホテルの有為転変 [岬めぐり]

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 遊覧船は、竜宮崎から奥には行かず、寺ヶ崎と松が崎に挟まれた菅川の集落を遠目に、大きく左旋回をする。松が崎も道路は奥にほうになるので、見えるのはただ緑の固まりだけである。岬の上にあるはずのプリンスホテルも、すっぽりとその中に包まれていて、遊覧船の角度からは見えない。それに、国土地理院の「電子国土」の地図では、岬の上には建物の表記がないので、やはりこのデータは古いのだろうか。
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 プリンスホテル…。そのホテルの名前にも、いろんな時期に、いくつものできごとやイベントや人々との出会いがあって、あちこちのプリンスホテルでたくさんの思い出も残してきた。その名前の野球部が活躍し、全国に多くのホテルが開業した。親会社の経営をめぐる不祥事やごたごたもあって、経営体としての盛衰もその落差が大きく、2010年春も終りに飛び出してきた“赤プリ”、赤坂プリンスホテルから“グランドプリンスホテル赤坂”への名称変更と老朽化が理由の取り壊しも、それと無縁ではないのだろう。丹下健三の設計で、一世を風靡したある種のシンボル的存在であったこの“赤プリ”は、いろんな意味で、時代の変遷を感じさせてくれる。
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 いくつものプリンスホテルで、どこがいちばん印象に残るホテルだったのだろうか…と、記憶を探りながら考えてみた。ところが、これというところが思い浮かばない。それも無理からぬところで、でんでんむしのプリンスホテル体験は、そのほとんどが仕事絡みだった。だから、記憶の中ですっきりとした忘れがたいような印象は、残してこなかったのだろう。
 ちょっと違うけれど、団体旅行やツアーで行った、あるいはグループでも他人の企画したプランにくっついて行っただけの旅行は、ほとんど忘れてしまっているのと、あるいは似ているかも…。
 松が崎のプリンスホテルは、清家清の設計になるものだが、実はすでにここもプリンスからは離れたのか、“野尻湖ホテル・エルボスコ”と名前も変わっている
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 松が崎から樅ヶ崎にかけての北湖岸も、数軒の建物が点在しているが、ほとんどなにもない静かな湖畔が連続している。
 野尻湖漁業協同組合の遊漁マップによると、松が崎の西付近のワンドには、禁漁区の印がマークしてあった。野尻湖の漁業資源を守るための措置なのだろう。
 それにしても、景色というのも不思議なものだ。こうして船の上から見ていると、この湖畔のどんづまりのような集落の上に盆地があり、さらに大きな集落や田畑があり、ゴルフ場やスキー場まであるとは、想像もできない。
 そんなことをとりとめもなく考えている間に、船は寺ヶ崎と松が崎を離れ、樅ヶ崎を回り込んでいた。teragasaki09.jpg
 この後、琵琶島の向うを回り込んで、野尻湖遊覧を終えた船は立が鼻の遊覧船桟橋に戻って行く。お椀のフタの上で穏やかな風に吹かれての遊覧は、なかなか気持ちが良かった。
 たまたま道連れになった夫婦も同感だったとみえ、船を降りるとき、どちらからともなく、そんな感想を込めた挨拶を交わして別れた。
 おっと、野尻湖の岬めぐりは、まだ終わってはいない。もうひとつ大崎というのが砂間の手前に残っている。これは、ホンの小さな出っ張りなので、船の上からでは、場所の視認と特定がまったくできなかったのだ。

▼国土地理院 「地理院地図」
36度50分0.80秒 138度14分0.68秒
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dendenmushi.gif北信越地方(2010/05/22 訪問)

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タグ:長野県
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