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番外:龍泉洞=下閉伊郡岩泉町岩泉(岩手県)自然がつくるもの人間がつくるもの [番外]

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 岩泉(いわいずみ)町は、東西にかなり大きく広い町域を抱えている。その大部分が、小本川と小本街道を中心骨格として、山の中に何本もの谷筋の襞を折り重ねてつながっている。
 その海岸線はわずか6キロくらいしかないが、その間に熊之鼻、小浜崎、水尻崎と、三つの岬を数える。
 ここで、いったん海岸線を離れて、小本川に沿って16キロほど北上山地へ入り、宇霊羅山の下にある龍泉洞に立寄ることにする。数十年前に発見された新洞も対岸にあって、この二つが水流ではつながっているというが、まだ調査も全部できていない。というより、この岩手県にどれくらいの洞窟が山中に眠っているのか、まだ誰にもわからないのだ。
 岩手県の北部は、「岩」にからむ事象が目立っている。断崖絶壁に火山の痕跡に温泉に琥珀、そして洞窟がある。これこそ、宮沢賢治が『グスコーブドリの伝記』を書くバックグラウンドだった。
 ここには、大小百数十におよぶ洞窟があるといわれている。それは、この辺りが海底が隆起してできた石灰岩質の大地だからである。それが水の流れに浸食されて空洞になり、さらに浸透してくる雨水などが、山中の石灰分を溶かし垂れさがって鍾乳石をつくる。
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 鍾乳洞といえば、秋芳洞には何度か行ったことがあるが、これまでに発見されたところを総合すると、どうやら岩手のほうがそれを上回るようだ。
 龍泉洞のある谷を北上すると、近年にその調査が進み始めた安家洞(あっかどう)がある。そこは、規模も龍泉洞より大きいらしいが、われわれシロートが簡単に体験できるのは、完全に観光地化された龍泉洞のほうである。おまけに、去年のことだが、安家洞の東側にある氷渡洞(すがわたりどう)という鍾乳洞につながる、また新しい洞窟も発見されている。
 洞窟探検も、ケービング(caving)というスポーツまがいにまでなってしまう世の中だが、まだまだ一般人は観光地となって整備されたところに入るだけで満足しなければならない。
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 ジュール・ヴェルヌも、SFファンでもあるでんでんむしとしては尊敬する作家の一人だが、その原作を映画化したという『地底探検』(1959年)は、いささか軽薄に思えたものだった。SFというものが、なかなか正当な市民権を得にくいのは、作家のつくり出すイメージの世界を映像などに具現化すると、とたんに荒唐無稽に見えてしまうからだろう。
 当時、チョイワルのプレスリーに対して良い子的イメージで人気があったパット・ブーン(代表的ヒット曲:「砂に書いたラブレター」「四月の恋」など)が出ていたことと、洞窟の中が宝石や鉱物の結晶でキラキラしていたが、それが妙に嘘っぽい印象を強調していた。
 ところが、である。数か月前にNHK-BSが放送した番組で、メキシコの洞窟で「結晶洞窟」というものが発見されたというのを見て、ホントにこんなのがあったんだと驚いてしまった。
 「岩泉」という名の元になったであろうこの洞窟は、山口県の秋芳洞、高知県の龍河洞と並んで“日本三大鍾乳洞”のひとつとされている。じゃ、兵庫県の玄武洞はどーしてくれるんだ、と突っ込みたくなる人があるだろうが、これは玄武岩の柱状節理・板状節理では日本一だろうが、残念ながら“鍾乳洞”とはいえないのだ。
 その意味では、ここ龍泉洞も鍾乳石はあるので“三大”にはノミネートされてはいるが、むしろ地下から湧き出る泉と、その青い水を湛えた地底湖に大きな特色があるといってよい。『地底探検』では地底海まで現われるが、この湖程度は納得の範囲である。
 洞内を流れる豊富な透明な水を見ていると、別名「岩泉湧窟(いわいずみわっくつ)」というまさしくその名のとおりであり、「岩」と「泉」を町の名とするにもまことにふさわしい、と改めて思う。
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 入口の橋の下を流れる清水川の水は、この洞窟の地底湖から湧き出し、流れ出したものだと、わざわざ掲示がしてある。
 水が滴り落ちる洞窟の中700メートルほどだけは、大勢の観光客を迎え入れるために道筋には万全の配慮がしてある。鍾乳石に影響があるためか、「洞内撮影禁止」の看板もあるが、どうせ暗い洞内では想像以上に露光不足で、そうでないところでも自動ではブレまくりになってしまう。
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 突然、洞内に人影があって驚くが、この自然の洞穴を原始生活を営む人類が利用した証拠が発見されているからというので、原始人の人形が置いてあった。しかし、だからといってアルタミラかラスコーのような壁画をマネして岩肌に描く必要がどこにあるのだろうか。これは、まったくいただけない。
 龍泉洞のある場所は谷の途中で、役場があり、JR岩泉線の終点となっている現在の岩泉町の中心よりは、だいぶ山の奥に位置する。清水川や小本川の川筋が蛇行して複雑な流れになっていたことからみると、川筋より谷に入ったところのほうが、人が生活するのにもより適していたのだろう。おあつらえ向きに洞窟まである。
 たまたま、一昨日の日曜日の夜には、NHK-BSで、氷渡洞の新発見の洞窟内を映し出していた。丸いボールのような形や、さいころの角を研磨したような形や、エチゼンクラゲの組体操のような、自然がつくりだす白い鍾乳洞の摩訶不思議な光景には息をのむ。
 だが、同時に、その直前まで観ていたNHKスペシャル『マネー資本主義 ウォール街の“モンスター”金融工学はなぜ暴走したのか』で、人間がつくりだすもの…というか、そういうものまでつくりだす人間の不思議さも、唐突ながら鍾乳洞に重なるように浮かんでくる。洞窟の岩壁に、獲物の絵を描いていた同じ人間であったはずだったが…。

▼国土地理院 「地理院地図」
39度51分30.59秒 141度47分48.96秒
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dendenmushi.gif東北地方(2009/06/30 訪問)

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タグ:岩手県
きた!みた!印(3)  コメント(2)  トラックバック(1) 

きた!みた!印 3

コメント 2

dotenoueno-okura

ぐふん(咳払い)……地理に疎く旅に無縁といえども、何を隠そう、拙者“洞窟好き”なのでござる。岬と洞窟とは凸と凹の正反対ながら、秘密めいたロマンに血が騒ぐからのう。
そもそもは小学生時の日原(奥多摩)鍾乳洞、長じては秋芳洞・玄武洞。この龍泉洞での新発見が話題になった当時の興奮を忘れもせなんだ。左様な次第で、この“番外”を愉しみながら次々に未踏魅惑の地を連想いたした。
石見銀山、松代大本営跡の防空壕、神田明神甘酒屋の地下室、カッパドキア、フロリダ湾の地底湖、オーストラリア大陸中央部にあいた大洞窟、パリやウイーンの地下水道、東西の城に例外なく設けられていた秘密の抜け道etc.
とはいうものの、水漬けや滑落の危険が伴うスポーツとしての洞窟探検はムリ。それゆえ、でんでんむしうじには「御身大切&長生き」を願い、姉妹編「洞窟めぐり」をリクエストいたす次第。
by dotenoueno-okura (2009-07-21 13:11) 

dendenmushi

@あ、それはダメ。でんでんむしはどちらかというと閉所恐怖症の傾向があるかも知れないので、洞窟めぐりは、長生きしてもダメ。
 こういう観光地はまだ大丈夫だけど、ほら、病院にあるじゃない。あの白い筒の中に入るというのが…。
 あれもね、一度入れと言われて直前でおかしくなったことがあるくらいでね。
 東京の人は、そうか日原の鍾乳洞、あれは必ず遠足で行くんだろうからねえ。
 おまけに高所恐怖症だし…。
 昔はそうでもなかったのだけど、ほら例の「めまい」以来、高いところもダメなんです。
by dendenmushi (2009-07-23 06:33) 

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