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396 馳出の鼻=日高郡日高町大字阿尾(和歌山県)海の自然は美しいが厳しい [岬めぐり]

 蛇ノ鼻の北に位置するのが、馳出の鼻という岬である。海から急に盛り上がったようなその岬は、田杭浜から、小さな峠を越えると、港の向うにすぐ見えてくる。標高100メートルの独立峰の西から南にかけて、急斜面の険しい崖が続いている。その南にはもうひとつちょっと低い山があって、その内側には池や広い葦の生えた低湿地帯が展開している。
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 空想をたくましくすれば、この湿地帯は昔は海で入江になっていたのかも知れない。ただ、川があるわけでもないので、そうだとすると隆起乾燥によるものだろうか。
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 この港の浜のそばには、ほとんど人家がないので、三尾に向かって延びる山間にある田杭の集落の船が、ここを根拠地にしているのだろうか。そう思う理由は、田杭浜自体が多くの船を収容しうる港になっていなかったからである。
 「海岸の山の上など見晴しのいい場所に家を建てて海を眺めながら暮したい」、そういうロマンチックな夢を見る都会人は多い。だが、実際にそんな甘い夢をみて海辺に暮すとなると、厳しい自然に直面して早々に逃げ出すことになるだろう。
 多くの漁村では、その立地はだいたいにおいて海が眺められるところではなく、冬の厳しい風雪雨を避けて、人家は山や岬の陰に寄り添うようにして固まっている。集落は、海の眺めが良いところを選んでできているわけでは、決してないのだ。
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 一見温暖で穏やかな印象があるここ紀伊水道でも、冬の季節風は大変なものだろうと思う。田杭浜の峠の細い道の脇に、四角い建物がある。何かと思ってみると、これが日の岬沖で火災を起こした海南の漁船の乗組員を、強い北西の季節風で荒れる海上で救助しようとして遭難したデンマーク船の機関長を顕彰し、そのとき遺体と相前後してここに流れ着いたデンマーク船が出した救命艇を保存するためのものである。
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 岬めぐりをしていると、たまにこんな遭難碑のある場所に遭遇する。有名な歴史的な出来事として記録されているものもあれば、こういうローカールニュースのようなものもある。それらの背景からは、共通して改めて海の厳しさと、そこに生きる船乗りたちに特有の気高い精神性をも垣間知ることになる。
 この遭難事故があったのは、1957(昭和32)年の2月で、この顕彰施設ができたのは1960(昭和35)年11月のことだという。
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 「…私たちはクヌッセン氏の国境を越えた深い人類愛に燃え身命を賭して救助に立ち向かった勇猛果敢な行為を広く顕彰するためこの救命艇をここに保存し遺徳を後世に伝えるものである。」
 そういう文章で結ばれた顕彰文の掲示のそばには、祠や碑が立てられ、新しい花が供えてあった。海辺に暮す人々の、やさしく美しい気持ちが、そこにみえる。
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 再び田杭浜のバス停に戻って、折り返してくるバスに乗り、馳出の鼻の湿地帯の細い道を抜け、来た道を引き返す。このままバスでずっと北へ行って、そこから振り返ると、馳出の鼻の山は小さな富士山のように見える。
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▼国土地理院 「地理院地図」
33度54分6.04秒 135度3分32.35秒
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dendenmushi.gif近畿地方(2009/01/24 訪問)

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タグ:和歌山県
きた!みた!印(9)  コメント(6)  トラックバック(2) 

きた!みた!印 9

コメント 6

dotenoueno-okura

美談ですなあ、これは。まさに海に暮らす人の連帯感、人間の善意が感じられるいい話です。昭和32年とは案外に遠くないできごとなんですね。その頃に読んだ太宰治の小説を思い出しました。
──海難に遭った男が救いを求めて灯台にすがりつく。窓から見えたのは食事中の家族。その団らんをこわすことを一瞬ためらった男は力尽きる。彼の心根とその網膜に残った残像こそ何にもまして美しいもの。
日高というと北海道の馬産地か埼玉のゴルフ場を連想しますが、地名・岬名には同じものが多いですね。
by dotenoueno-okura (2009-03-31 08:53) 

kiyokiyo

昨日はご馳走さまでした。
こちらを初めて拝見したのですが、
文章と写真の質、量ともにテンコ盛りで、
びっくりしました。
楽しそうに岬を巡ってらっしゃる情景が
浮かんできます。

by kiyokiyo (2009-04-02 00:24) 

dendenmushi

@昭和32年頃に太宰治を読んでいたわけですか。その頃、でんでんむしの近くにも大宰信奉者がいて、そいつの影響で逆に読む気がしなくなった…。
 でんでんむしは、その頃からもう立派な“へそまがり”だったわけです。
 そういえば「日高」もあちこちにありますねえ。
 “海の男”というイメージがありますが、あれはかなりつくられたものとはいえ、根底には「生命の尊重と救助の義務」が共通の基盤としてあったからなのでしょう。
 だから、イージス艦のような事故があると、そのイメージも地に落ちたというか、高潔な精神ももはや海の藻くずと消えたのだと、つくづく思います。
 
by dendenmushi (2009-04-02 07:06) 

dendenmushi

@kiyokiyoさん、お疲れさまでした。昨夜は、雷は鳴るし、大変変なお天気のなか、よくきてくださいました。
 テンコ盛りでしょ。まだまだ増えますからね。こんなん、読めと言われても読めませんよね。
 だいたい、自分でも他所のブログ読みに行かないのに、自分のを読めということはできませんので、まったく宣伝をしていないのです。
 「ひきこもりブログ」を看板にしているので、アクセス数を増やそうとしてアクセス…じゃなかったアクセクする必要もありませんのでね。
 まあ、自分勝手なものです。
 だから、楽しそうに見えるのかも…。
by dendenmushi (2009-04-02 07:16) 

kiyokiyo

「アクセスを追わないと、アクセスが増える」
う~ん、至言ですね。
見習いたいです。


by kiyokiyo (2009-04-02 17:07) 

dendenmushi

@いや、「アクセスが増える」ということはないです。(笑)
 「増えなくても別にかまわない」というだけで…。
 ただ、一日置きにもかかわらず、コンスタントに見てくださる方があるのは、このブログの場合「検索」なのですね。
 まあ、項目数も多いし…。それなりに…という程度ですが。
by dendenmushi (2009-04-02 17:46) 

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