384 藻崎・鯉突ノ鼻ほか=和歌山市加太(和歌山県)地ノ島・沖ノ島の岬を眺める [岬めぐり]
大阪にいたときから、よく「友ヶ島」の名は聞いていたが、あいまいな記憶のなかでも確か行ったことはなかったはずである。俗に「友ヶ島」といわれるこの島は、実は東の「地ノ島」と西の「沖ノ島」という二つの島の総称なのである。
こどもの頃から、地図が好きだったので、中学に入ってあの独特のインクの匂いのする帝国書院の世界地図帳を、教科書といっしょにもらったときのうれしさは、忘れない。
いつも見ていた世界地図で、自分では大発見をした!と思ったことがあった。南アメリカ大陸の東海岸とアフリカの西海岸が、くっつければぴったり合うではないか! こどもの好奇心では、それ以上になんともならなかったが、それと同じ発想から大胆な学説を立てたのが、でんでんむしが生まれる10年前に亡くなっているウェゲナーであった。
「大陸は移動する」という彼のその説が、学会で認められるのには、数十年の紆余曲折を経なければならなかったが、おそらく現在の地球科学の中心的学説である“プレートテクトニクス論”の原点は、そこから始まったというべきであろう。
こどもの好奇心は、日本地図帳でも、不思議なことを発見できる。
九州の大分に突き出た岬から、豊後水道を渡って佐田岬の長い半島の描く筋は、吉野川ではっきりとした線になり、それから淡路島の南端の山の崖をつないで、友ヶ島を経由して大阪と和歌山の境界線につながる。そこから三重県の鳥羽から伊良湖岬を経てアルプスに至る、長い線を描いている。
中央構造線というこの大断層は、確か昔はフォッサマグナの南北の線と同じように考えられていて、両方を合わせて“中央構造帯”と呼んでいた、と記憶しているが、現在では糸魚川静岡構造線と中央構造線は区別されている。
友ヶ島は、中央構造線をつなぐ重要な役割をもっている。
加太ノ瀬戸というのが、休暇村のある山の崖と地ノ島の間を隔てているが、この幅は900メートルとちょっとしか離れていない。深山の休暇村側の大きな出っ張りには名前がついていないことは、前にもふれた。
それと向かい合う地ノ島の東端が、藻崎という岬である。そのほかにも、この島の西端はオソ越ノ鼻、真ん中付近は下崎という。また、沖ノ島のほうにも、西端の鯉突ノ鼻をはじめ、いくつもの岬があるのだが、ここは遠目のみまとめて一本の簡便法で勘弁してもらうことに…。
藻崎は丸い岬で、てっぺんに小さな灯台を載せている。その様子は、大川峠の途中から、ちょっとだけ見えた。
西の向うには、生石鼻から潮崎という、淡路島の諭鶴羽山地に沿った岬めぐりにつながっているが、さすがに山の影は薄い。
一度、飛行機からこの構造線の写真を撮る機会に恵まれたことがあった。そう思って写真を探してみたが、すぐには見つからない。
そこで、ここではその様子がよくわかるYahoo! Japanの地図の航空写真を見てみることにしよう。
…と思ったのだが、Yahoo!もダメですね。ちゃんとその場所にリンクできないのですね。これじゃ、わからないので、こんな地図↓が出るまでがんばってみて…。
▼国土地理院 「地理院地図」
34度17分51.13秒 135度3分32.43秒 34度16分48.52秒 134度59分59.61秒
近畿地方(2009/01/23 訪問)
こどもの頃から、地図が好きだったので、中学に入ってあの独特のインクの匂いのする帝国書院の世界地図帳を、教科書といっしょにもらったときのうれしさは、忘れない。
いつも見ていた世界地図で、自分では大発見をした!と思ったことがあった。南アメリカ大陸の東海岸とアフリカの西海岸が、くっつければぴったり合うではないか! こどもの好奇心では、それ以上になんともならなかったが、それと同じ発想から大胆な学説を立てたのが、でんでんむしが生まれる10年前に亡くなっているウェゲナーであった。
「大陸は移動する」という彼のその説が、学会で認められるのには、数十年の紆余曲折を経なければならなかったが、おそらく現在の地球科学の中心的学説である“プレートテクトニクス論”の原点は、そこから始まったというべきであろう。
こどもの好奇心は、日本地図帳でも、不思議なことを発見できる。
九州の大分に突き出た岬から、豊後水道を渡って佐田岬の長い半島の描く筋は、吉野川ではっきりとした線になり、それから淡路島の南端の山の崖をつないで、友ヶ島を経由して大阪と和歌山の境界線につながる。そこから三重県の鳥羽から伊良湖岬を経てアルプスに至る、長い線を描いている。
中央構造線というこの大断層は、確か昔はフォッサマグナの南北の線と同じように考えられていて、両方を合わせて“中央構造帯”と呼んでいた、と記憶しているが、現在では糸魚川静岡構造線と中央構造線は区別されている。
友ヶ島は、中央構造線をつなぐ重要な役割をもっている。
加太ノ瀬戸というのが、休暇村のある山の崖と地ノ島の間を隔てているが、この幅は900メートルとちょっとしか離れていない。深山の休暇村側の大きな出っ張りには名前がついていないことは、前にもふれた。
それと向かい合う地ノ島の東端が、藻崎という岬である。そのほかにも、この島の西端はオソ越ノ鼻、真ん中付近は下崎という。また、沖ノ島のほうにも、西端の鯉突ノ鼻をはじめ、いくつもの岬があるのだが、ここは遠目のみまとめて一本の簡便法で勘弁してもらうことに…。
藻崎は丸い岬で、てっぺんに小さな灯台を載せている。その様子は、大川峠の途中から、ちょっとだけ見えた。
西の向うには、生石鼻から潮崎という、淡路島の諭鶴羽山地に沿った岬めぐりにつながっているが、さすがに山の影は薄い。
一度、飛行機からこの構造線の写真を撮る機会に恵まれたことがあった。そう思って写真を探してみたが、すぐには見つからない。
そこで、ここではその様子がよくわかるYahoo! Japanの地図の航空写真を見てみることにしよう。
…と思ったのだが、Yahoo!もダメですね。ちゃんとその場所にリンクできないのですね。これじゃ、わからないので、こんな地図↓が出るまでがんばってみて…。
▼国土地理院 「地理院地図」
34度17分51.13秒 135度3分32.43秒 34度16分48.52秒 134度59分59.61秒
近畿地方(2009/01/23 訪問)
タグ:和歌山県
淡路島 からも 友ヶ島 は、よく見えます。
「橋を渡ると、そこは・・・。」
http://hasio-wataruto.blog.so-net.ne.jp/2008-06-12
by wataru-h (2009-02-27 21:06)
帝国書院の地図帳、懐かしいのう。あれが自分のものになったときは一人前になったような気がして、隅から隅までながめたものじゃ。
この航空写真で見ると海峡を越えてつづいている地盤がよくわかります。なるほど、空から見ると地上の目では気づかない発見がありそう。地図帳でのでんでんむしさんの発見も“鳥の目”だから相通じますな。
by knaito57 (2009-02-28 07:29)
@wataru-hさん、おひさしぶりです。そうか。舞子からでも友ヶ島は見えるんですね。まあ、お天気次第でしょうが…。
淡路島の西海岸の岬、まだ積み残しがあるんですが…。思い出してしまった。
東浦のバスセンターって、あんな立派なんだ。
by dendenmushi (2009-03-01 08:10)
@そう『鳥の目』なんですよ。重要なのは。もちろん、でんでんむしの目も忘れずに、ですが。
こどもの頃は、『大空を鳥のように飛びたい』と思いませんでしたか?
でんでんむしの地図好きは、そこから始まっていますね。考えてみれば。
by dendenmushi (2009-03-01 08:14)
「地ノ島」で検索して参りました。殆どヒットしない謎の島ですねσ(^◇^;)
因みに「友ヶ島」には神島と虎島もありますから、全部で四島ですね。沖ノ島だけ行ったことがあります。
by 北夙川不可止 (2010-01-11 22:42)
@でんでんむしです。北夙川不可止さん、コメントありがとうございました。
玄界灘に「地島」という島もありますが、そういう名で検索する人は少ないですね。そういえば、岬の名前だけで検索しようという人も、あまりいないのではないかと…。
そうですね、厳密に言うと四島(というより虎島は地続きになっているので、三島というべきか)ですね。
しかし、北夙川不可止さんのページを拝見して、驚きました。
一言でいえば、「テルミン」がぴったりという…。
by でんでんむし (2010-01-18 07:06)