331 蛇島崎=宮城郡松島町手樽(宮城県)手樽半島の最南端は遠慮して遠望になってしまった岬 [岬めぐり]
手樽というのは、松島町の東部にあってかなりの面積をもつ。そういう名前はついていないが、仮に“手樽半島”と呼べなくもない半島の最南端が、蛇島崎である。
蛇がつく岬も少ないように思えるが、この半島の南部は、昔は島だったという可能性もある。その島は、ぐるりを険しい岩に囲まれていて、その上には松の木などが生い茂っているが、海岸線はでたらめのような曲線を描きながらのたうっている。
実は、この写真は次の日に直線距離で東に2.6キロ離れた、東松島市の丸山から、湾内のかきひびや筏ごしに撮ったものである。
松島のように、やたら島が多いと、平地や船から見るとなかなか場所を特定するにも苦労する。そこで、昔から松島を眺めるには周辺の丘や山に「ここから見る松島がいちばん」というビューポイントがあちこちに三つも四つもできた。この写真の奥に、いちだん高い山があるが、これもそのひとつ手樽の富山で、ちょっと海からは離れ過ぎの展望台である。
蛇島崎は、天王崎のある名籠港のかきの生け簀からも、白浜島・小白浜島とともに見えている。だが、本来の蛇島崎は、この向うにあるはずなのだ。
名籠から半島を横断して西の銭神へ行く道は、海岸を離れて峠を越える。その途中に南へ行く細い山道が地図には描かれているので、そこを行けば岬の上に出られるのかもしれない。
ところが、その道がわからず通り過ぎてしまった。暑さに参って注意力が散漫になっていたのか、いつの間にかどんどん蛇島崎から遠ざかってしまっていた。
そういえば、峠越えの途中に急に登りの道と立札があって、「ここから先は私道で行き止まり」とあった。それは“立入禁止”とは表示していないものの、外部からの侵入者を牽制し、拒否しているようだった。いかにも民家の庭先に入って行くような雰囲気がいっぱいだったので、遠慮してそこではあるまいと通り過ぎたのだが、どうやらそれこそがこの半島の最南端に至るただひとつの道だったらしい。
そんなわけで、蛇島崎の上には行けなかったが、岬の上に行けば岬が見えるというのも錯覚で、少し離れた遠くから見るほうがそれらしいことのほうが多い。
しかし、2.6キロはやはり離れ過ぎでもあった。
▼国土地理院 「地理院地図」
38度22分6.61秒 141度6分18.53秒
東北地方(2008/10/13〜14 訪問)
蛇がつく岬も少ないように思えるが、この半島の南部は、昔は島だったという可能性もある。その島は、ぐるりを険しい岩に囲まれていて、その上には松の木などが生い茂っているが、海岸線はでたらめのような曲線を描きながらのたうっている。
実は、この写真は次の日に直線距離で東に2.6キロ離れた、東松島市の丸山から、湾内のかきひびや筏ごしに撮ったものである。
松島のように、やたら島が多いと、平地や船から見るとなかなか場所を特定するにも苦労する。そこで、昔から松島を眺めるには周辺の丘や山に「ここから見る松島がいちばん」というビューポイントがあちこちに三つも四つもできた。この写真の奥に、いちだん高い山があるが、これもそのひとつ手樽の富山で、ちょっと海からは離れ過ぎの展望台である。
蛇島崎は、天王崎のある名籠港のかきの生け簀からも、白浜島・小白浜島とともに見えている。だが、本来の蛇島崎は、この向うにあるはずなのだ。
名籠から半島を横断して西の銭神へ行く道は、海岸を離れて峠を越える。その途中に南へ行く細い山道が地図には描かれているので、そこを行けば岬の上に出られるのかもしれない。
ところが、その道がわからず通り過ぎてしまった。暑さに参って注意力が散漫になっていたのか、いつの間にかどんどん蛇島崎から遠ざかってしまっていた。
そういえば、峠越えの途中に急に登りの道と立札があって、「ここから先は私道で行き止まり」とあった。それは“立入禁止”とは表示していないものの、外部からの侵入者を牽制し、拒否しているようだった。いかにも民家の庭先に入って行くような雰囲気がいっぱいだったので、遠慮してそこではあるまいと通り過ぎたのだが、どうやらそれこそがこの半島の最南端に至るただひとつの道だったらしい。
そんなわけで、蛇島崎の上には行けなかったが、岬の上に行けば岬が見えるというのも錯覚で、少し離れた遠くから見るほうがそれらしいことのほうが多い。
しかし、2.6キロはやはり離れ過ぎでもあった。
▼国土地理院 「地理院地図」
38度22分6.61秒 141度6分18.53秒
東北地方(2008/10/13〜14 訪問)
タグ:宮城県
2008-10-28 07:51
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コメント(2)
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看板を前に、思案投げ首するようすが彷彿します。たしかに都会なら“私道”とあれば遠慮せざるを得ない。が、ここで“立入禁止”ではなく“行き止まり”というのはクルマの通り抜けを想定しているのだろう──そしてその行き止まりこそが目指す最南端のはず──と、いつもの理詰め派らしくもなく引っ返したのが、実にでんでんむしさんらしい。
「岬の上に行けば岬が見えるというのは錯覚で、少し離れた遠くから見るほうがそれらしいことが多い」とは卓見。世の中にはそういう事例が多く、ひとつの真理でせう。(実感としてその境地に到達した事実は「文化功労賞」に値するかも)
拙者はなぜか当初から「岬は“虫の目”よりも“鳥の目”で見るもの」と思いこんでいたのですが、それは自分の足で「岬めぐり」をするなどとは思いもよらず、地図や写真で眺めるという感覚だったからだろうと納得した次第です。
by knaito57 (2008-10-29 09:41)
@写真にあるのは峠道で、問題の私道のほうは、写真撮るのを忘れていました。細い急な登りで、車もやっとというのが入口でした。地図では点線なので、車も入れない道だったのだと思います。
これも、通り過ぎてから、ずいぶん迷いました。
引き返して、行くべきかどうか…。
でも、結局は人生と同じで、何通りもの道はなかなか歩み進むことができない…。
by dendenmushi (2008-10-30 08:18)