322 屏風崎=七尾市能登島半浦町(石川県)能登島大橋の両側に屏風を張りめぐらせて [岬めぐり]
能登島大橋は、七尾西湾と七尾南湾にまたがる屏風瀬戸に架かる、全長1キロほどの橋で、これが能登島と七尾市石崎町とを結んでいる。
橋は真っすぐ延びているが、中央部分で大きく山なりになっているのは、瀬戸を少し大な船が航行する妨げにならないようにということだろう。そのうえ、屏風崎のところで島に上がるとまた登りになっているので、横から見ると橋は波打っているように見える。
この橋ができたのは1982(昭和57)年のことで、それまでは能登島との往来は、フェリーに頼っていた。そのためか、この国の急激なモータリーゼーションからもしばらくは取り残されたような形で、島に最初の交通信号機が設置されたのは、橋ができる2年前のことだったという。ひとつの島全体で能登島町という一町をなしていたのが、七尾市に合併したのは4年前のことである。
この橋から能登島に向かって、正面右手に見えるのが屏風崎で、やはりここらの岬の申し合わせによったように少し黄色がかった崖になっている。
なるほど、東の屏風岬とあわせてみると、確かにこの瀬戸の周りは屏風を張りめぐらせたようで、屏風瀬戸という命名は納得できる。
ちょうど、橋は補修工事中で、ところどころでやぐらのような囲いができていて、下のほうのどこかでは工事の物音もしていた。
この橋のほぼ正面に見えるのが、標高197メートルの四村塚山で、これが島の最高峰である。島の周囲は72kmで、やはりかなり凸凹が多い。したがって。岬も多く屏風崎の右手には、さっそく一本木鼻、宮崎と岬があるのだが、基本的に島は後回しなので、今回はこの屏風崎だけにしておく。
橋から東の遥を望めば、そこには小口瀬戸が開けている。七尾南湾の出入り口で、能登島の側は松鼻、本土側が観音崎でそこには灯台があって七尾南湾への航路をガイドしている。これから、午後はそこまで行ってみようと思っている。
橋の交通量はそう多いともいえないが、かなりのスピードで走ってくるし、風もでてきた。歩道はあっても、これを徒歩で渡ろうという人は、どうやらいないらしい。
▼国土地理院 「地理院地図」
37度5分30.10秒 136度56分44.74秒
北越地方(2008/09/06 訪問)
橋は真っすぐ延びているが、中央部分で大きく山なりになっているのは、瀬戸を少し大な船が航行する妨げにならないようにということだろう。そのうえ、屏風崎のところで島に上がるとまた登りになっているので、横から見ると橋は波打っているように見える。
この橋ができたのは1982(昭和57)年のことで、それまでは能登島との往来は、フェリーに頼っていた。そのためか、この国の急激なモータリーゼーションからもしばらくは取り残されたような形で、島に最初の交通信号機が設置されたのは、橋ができる2年前のことだったという。ひとつの島全体で能登島町という一町をなしていたのが、七尾市に合併したのは4年前のことである。
この橋から能登島に向かって、正面右手に見えるのが屏風崎で、やはりここらの岬の申し合わせによったように少し黄色がかった崖になっている。
なるほど、東の屏風岬とあわせてみると、確かにこの瀬戸の周りは屏風を張りめぐらせたようで、屏風瀬戸という命名は納得できる。
ちょうど、橋は補修工事中で、ところどころでやぐらのような囲いができていて、下のほうのどこかでは工事の物音もしていた。
この橋のほぼ正面に見えるのが、標高197メートルの四村塚山で、これが島の最高峰である。島の周囲は72kmで、やはりかなり凸凹が多い。したがって。岬も多く屏風崎の右手には、さっそく一本木鼻、宮崎と岬があるのだが、基本的に島は後回しなので、今回はこの屏風崎だけにしておく。
橋から東の遥を望めば、そこには小口瀬戸が開けている。七尾南湾の出入り口で、能登島の側は松鼻、本土側が観音崎でそこには灯台があって七尾南湾への航路をガイドしている。これから、午後はそこまで行ってみようと思っている。
橋の交通量はそう多いともいえないが、かなりのスピードで走ってくるし、風もでてきた。歩道はあっても、これを徒歩で渡ろうという人は、どうやらいないらしい。
▼国土地理院 「地理院地図」
37度5分30.10秒 136度56分44.74秒
北越地方(2008/09/06 訪問)
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