292 亀石鼻＝安芸郡坂町字亀石山（広島県）こどもの頃の海水浴で思い出のある小屋浦へ

　この頃の夏も暑いが、昔の夏も暑かった。
　朝の新聞で潮時を確認して、それに合わせて海水浴へ行く道も、なかなか容易ではなかった。ジリジリと照りつける太陽は、舗装などしていない白い道の遠くがゆらゆらとして、道端の鉄道草もだらんと頭を垂れている。歩く人も犬もまれで、太い丸太に茶色いタールかなにかを塗った電柱のつくるわずかな日陰を辿りながら行く道は、どこかで風鈴の音が聞こえるほどで、死んだように静かだった。
　広島湾の東のはずれ、ほとんど広島市と安芸郡の境に出たり入ったりしながら、国道2号線を越え川沿いに下って行く。この川に名前があるとは、当時は考えもしなかったが、地図で見ると「的場川」というのだそうだ。
　日本製鋼所の点在する周辺工場の破れたトタン板を小枝でがたがた鳴らしながら、牡蛎殻を踏むゲタやゾウリを引きずって、途中遊び遊び行く道は、こどもの足には海に出るまでがかなり遠いと感じていた。が、今地図で見ると1.5キロほどで、海田川（そう当時は呼んでいたが、これも「瀬野川」というらしい）の河口に着く。そこが、もっぱら夏の遊び場だった。
　大人に連れられて行く海水浴は、一夏に一度あるかないかの大イベントで、そのときは山陽本線の向洋駅まで歩き（これがまた遠い）、呉線の小屋浦まで行くのが通例で、そこはよしず張りの小屋がけの休憩所やカキゴオリやラムネやミカン水の屋台などが並んでいて、もうお祭り気分だった。広島湾もここまでくると、潮の干満関係なしにいつでも泳げる砂浜があった。



　亀石鼻という岬の存在など、もちろん眼中にも記憶にもなかったが、それでも砂浜の先にぽこっと緑を載せた岩の出っ張りは、そこらじゅうにあって、格別の存在でもなんでもなかった。
　ほとんど60年ぶりにきてみると、ここが天狗岩と名づけられた岩山の尾根のひとつで、海まで続いていたそれが呉線と31号線の開通で削り取られた名残であるということがわかる。
　岬のてっぺんは、あの日のB-29と同じような色をしたタンクが占領していて、海岸には巨大な流通センターが立ち並び、海を遠く隔てている。



　小屋浦の駅の周辺にも、昔の海水浴場の記憶はかけらも探すことができなかった。
　埋立地の間をぬって東に出ると、やっと瀬戸の海と島が、目の前に広がる。


　ほぼ向こう正面には宮島が聳えている。左手に黒い島影のように並んでいるのは、江田島の切串でこれでも島ではなく小さな半島である。江田島は有名だが、実はこれは能美島というじねんじょのように割れた島の東半分なのである。ところが、なんでも名の売れたほうが勝ち、有名であれさえすればすべてOKという最近の情けない風潮は、とうとう能美島全部を“江田島市”にするということになって、能美島の名も風前のともしびである。
　右に目を転じると、似島があり、その手前に色濃くあるのがゾウガメのように見える峠島。いずれも懐かしい。この間の海域は、臨海学校の遠泳で泳いだ海なのだ。
　そう。前回は原爆ドームについて書いたときだからあれは去年の春だった。一年ぶりに広島にやってきた。“帰ってきた”とは、もはや言えないほどなのは、少し寂しい。“故郷の廃家”でもあれば、ぐっと詩情も盛り上がるのだがそれもなく、墓があるだけ…。

　瀬戸内海では、岬を「鼻」と呼ぶことが多いことは、何度かふれた。原爆ドームの対岸、平和公園の端は、昔は「じぜんじの鼻」と呼ばれていたのだが…。

▼国土地理院　「地理院地図」
34度18分30.63秒 132度29分55.94秒

中国地方（2008/07/15　再訪）

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コメント 2

熱していて素足では歩けない砂浜、タールを塗ったやうな熱していて素足では歩けない砂浜、タールを塗ったやうな電信柱、破れたトタン板をカタカタカタ……「子供の情景」がよみがえってきます。
人工的な構築物が様相を一変させることは時代の流れ。にもかかわらず、この岬や島影などは故郷を持たない拙者などには羨ましいような故郷の景色です。半世紀をへた今、面影を残しているのは井の頭公園と玉川上水だけなんですから。それにしても、地名・名称の変化は歳月を感じさせますね。
by knaito57 (2008-08-04 07:38) 

＠今日書いた海水浴場もそうです。人工的な構築物が様相を一変させています。まあ、すべてが悪いとはけっして思わないけどね。
　でも、なんかこの人工砂浜ってやつは、どうもうさんくさくていけない…。
by dendenmushi (2008-08-05 07:47)