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番外:象潟・酒田=にかほ市象潟町・酒田市御成町(秋田県・山形県)へそ曲がり鳥海山の裾野を行く [番外]

 初めて知ったのは、やはり教科書でだった。芭蕉が“うらむがごとし”といった象潟の風光とは、いったいどのようなものであったのだろうか。長い間、それを想像してはみたが、なかなか訪れる機会がなかった。数年前に鳥海山の五合目から見下ろしたときには、風車がたくさん並んでいる手前に、田圃の中にいくつもの小さな緑の島が点在している様子は、なんとかわかった。
 だが、最も肝心なことは、芭蕉がみたはずの象潟の様子は、現在のわれわれには如何にしても、みることが叶わない、ということだ。「奥の細道」の行程で、わざわざ最北の地となる象潟まで足を延ばし、また戻っていったのは1689年のことで、その当時には“わらふがごとく”の松島と並べて対比させるだけの湾と島々が広がっていた。わざわざ北に遠回りをするだけの理由もあった。

 それが、それから15年後に起こった象潟地震によって海底が隆起し、現在のような景色になってしまった、ということがすごいことだと思える。別な意味で、まさに「地勢魂をなやますに似たり」である。
 今の蚶満寺があるところは、神宮皇后の御陵があると伝説されていたひときわ大きな島だったらしい、そんな様子は、昔の絵の中に偲ぶのみである。

 寺の境内には、新しい芭蕉さんの銅像やら、いかにもロケーションの悪い宝暦年間の句碑やら、親鸞上人が腰掛けた岩やら、さまざまな標識があちこちに賑やかに立っている。西行さんが「花の上こぐ」と詠んだという桜は頼りない若木に世代代わりしていたが、そのそばにある舟を舫う岩も、田圃とすれすれの高さにある。

 雨の中を歩けば、また「寂しさに悲しみをくはえて」西施のことなどとなぞらえることもできたのだろうが、この日は西に傾いた陽射しも熱く、汗をかきかき萩などの秋草が咲き、花の季節ではないがねむの木もある九十九島の間の田圃をめぐって歩いた。

 宿に着いてみると、玄関には「歓迎:奥の細道をめぐる旅御一行様」の看板が…。大石田から羽黒山に行く途中の団体らしい。立寄り湯の客と共にお風呂に入って、部屋に引き上げるとき、大広間の前を通ると、テレビのクルーが10数人もいて、大きなテーブルいっぱいに料理を並べて撮影をやっていた。これは一見してよくある旅番組(タレントの失業対策事業だという評価もある)かグルメ番組だとわかる。
 この手の番組も、始まった当初は情報番組として受け止めて見ていたが、最近ではほとんど見ない。いかにもテレビとタレントが来て特別待遇しているのがミエミエになってきたのが、へそ曲がりでなくてもわかるくらいで、もはや情報番組としての価値もない。
 運ばれてきた夕食のお膳には、撮影のテーブルに並んでいた赤い大きな塗り腕もなければ、品数も三分の一くらい。値段で違いがあるのは理解できるが、こっちだって安いのにしてくれと頼んだわけではなく、この宿の標準であるはずだ。
 料理の中身も、これはちょっとひどい。いくつか手をつけただけで残してしまった。こういう場合、タレントはどういうのだろう。
 「あれは地元の局ですか?」と、お膳をもってきた人に聞けば、ローカル局の取材だが、全国放送だといっていたのだが…。大丈夫なのかな、これで…。テレビなんて、ホンマ信用したらあきまへんでぇ。
 いよいよ翌日は、接近中の台風9号の影響が出てきた。仁賀保の(象潟もにかほ市の一部で、市役所はこっち象潟側にある)タクシーの運転手さんの話だと、秋田はほとんど台風が来ないところなのだという。「1年に1回くらいですか」というと、「4年に1回くらいですかねえ」という。そうか。そういえば、日本海に抜けた台風は、北海道に再上陸することは多いが、秋田を通ることは少ない。今回は、まともに北上してきて、その少ないケースになりそうである。黄金色に波打っていた稲穂も心配だ。

 当初のプランでは、この日は鶴岡から「海坂藩」の海に出て庄内地方の岬をめぐって、新庄から山形新幹線で帰る予定だった。ところが、象潟から乗った普通電車が、すでに鳥海山の裾野を回ったあたりから強風のため超徐行運転を始め、1時間近くも遅れてやっと酒田に着くというありさまで、山形新幹線も始発から不通になっていた。
 7月の国東半島の岬めぐりで台風4号に遭遇して計画変更せざるをえなかったのに続いて、今回もまた台風で計画通りの行動が取れなくなった。酒田にやっと着いたものの、庄内の岬めぐりはあきらめざるを得ない。
 鳥海山の裾野が西に延びて日本海に落ちるところが、秋田県と山形県の県境になる。ここの県境は、その境界線が直線で、こういうのはほかに富士山の一部もそうだが例は少ない。
 海と山のわずかな隙間をぬって国道7号線とJR羽越本線が走り抜ける。こういう地形は当然関所の好適地であり、“有耶無耶の関”という関所があったところだが、三崎峠という峠もあり三崎公園もあるが、なぜか岬がない。地形的には岬はあるが、名前がついていないので、この岬めぐりには入れることができない。

 これは、芭蕉が詠んだ吹浦でもそうだし、酒田も同じなのである。象潟もそうなのだが、ここは昔が小さいながら多島海であったことを考えると、岬の名が残らなかったことはなんとなく想像できる(ような気がする)。
 山形新幹線が運休になったということは、東京に帰るにはこのまま羽越線を走り抜け、台風の進路を大きく回り込むようにして避けながら、新潟経由で行くしかない。
 次の「いなほ」が出るまでに1時間ほどの時間ができたので、酒田の駅からほど近い本間美術館に行って見ることにした。
 バスガイドが必ず言うので、広く人口に膾炙していると思われる“本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に”の、あの本間である。“本間ゴルフ”と関係があるのかどうかは知らない。
 う〜ん。がっかり、だよ、中身は。これで900円は高いでぇホンマ。

 天皇陛下がお泊まりになり、吉永小百合のJRのCMにも出てくると宣伝している庭を望む部屋で、案内の人が観光バスのグループに説明をしている。ええっ? なになに? この庭は付近の百姓などに仕事を与えるためにつくったのだ、とぉ?
 ちょっと、ちょっとぉ。それはいかがなものでありましょうや。
 おそらくそれは、エジプトのピラミッド建設が奴隷の酷使によるものではなく、立派な国家プロジェクトの公共事業であり、それに携わった人々がある種の誇りさえもってその仕事に従事していた、という近年の研究成果を拡大解釈して都合よく流用したようにしか、へそ曲がりには思えないのでありますが…。
 風雨はますます強くなってきた。

▼国土地理院 「地理院地図」
39度12分23.77秒 139度54分10.85秒 38度55分22.65秒 139度50分37.57秒
173番外きさかた-73.jpg
dendenmushi.gif東北地方(2007/09/06〜07 訪問)

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きた!みた!印 5

コメント 2

knaito57

いやはや、言ってくれますなあ、思っていることを。タレントの旅&ご馳走番組は不快。ぼかし画像の吉永さゆりもノーサンキュー。本間庭園が百姓救済事業とはほんまかいな。この景色を見たら、イメージだけある「海坂藩」一帯を歩きたくなりました。
by knaito57 (2007-10-24 11:12) 

dendenmushi

@…というわけなので、今回の東北・秋田山形編は、これで終わりです。
 次回は、茨城・福島編。26日はお休み。今日からまた、茨城の前回積み残したところを拾って歩いてきます。
 庄内は何度か通っているのですが、いつも通るだけだったので。また、出直します。
by dendenmushi (2007-10-25 06:06) 

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