164 潮瀬崎=男鹿市船川港小浜(秋田県)ゴジラとなまはげ [岬めぐり]
男鹿駅前からバスに乗るときに、飲み物を買うのを忘れていた、いや、忘れていたというよりも、まだ少し残りもあるし、どうせ途中どこにでも自販機があるから…と思っていたのだが、椿漁港で残りを飲み干してみると、周囲にはなにもなかった。それからしばらくは人家もまばらな道が続いてきたので、船川港小浜のバス停まで来て、やっと赤い自販機ボックスを見つけて一息ついた。
この頃では、熱中症とかで“水分をこまめに補給するように”と、やたらいわれるので、なんとなくそうしなければならないような気分になってしまう。スティーブ・ジョブスがスカリーをアップルにスカウトするときに「砂糖水を売って終わるつもりか?」といったというのは有名な逸話だが、それがジョブス自身を苦境に追い込むことになろうとは、思いもしなかっただろう。人生にはいろんなことが起こる。それはともかく、この夏は砂糖水業界も、きっと思いもしない大儲けで甘い汁をたっぷり吸い込んだことだろう。
そこにあるのはスカリーがいた会社とは別の赤いコーラの旗で、その向こうには四角い大きな岩が見える。これには、帆掛島という名が地図上にも示されている。帆の影に隠れるようにして、ほんの小さな浜があり、漁港になっている。まさに小浜である。
そして、この帆掛島に続いて、南に飛び出しているのが潮瀬崎である。ここは大きな広い岩場の岬で、立派な看板が道路沿いに立っており、それだけではまだ足りぬとばかり、“ゴジラ岩”の看板も並んで矢印が誘っている。つい矢印に釣られそうになったが、みると少し下った岩の浜には、数台の車が入り込んで停めてあるし、ごみらしきものも散乱している。それらをみると、どうしてもそこに入って行く気がしない。こういうところもへそ曲がりなのである。
ゴジラもどうせ…。まあ遠くから、ゴジラの後ろ姿でも見ながら行きましょう。
少し道が高くなって、門前の町と港が見渡せる。そこのガードレールに覆いかぶさるようにして、白い花が咲いていた。
地方を歩いていて楽しいことのひとつは、こうして名も知らぬ見たこともない野の花に出合うことである。それが、ある地域に固まってあり、少し離れるともうその花は見ることがない、そういうことが多い。たまに帰ってきて牧野植物図鑑を開いてみたりすることもあるが、たいていはそのとき限り。野の花との出合いもまた一期一会である。
門前の港に降りて、浜の北側には、ずっと岩の浜が連なり、デコボコもあるがこれらには岬と名がついているものはない。突堤で汗に濡れたシャツを乾かしていると、おじさんがひとりやってきて、この先に滝があるのでそこまで行くのだという。そう言われて地図を見ると、1キロちょっと先に冷水川という川がある。しかし、この川ではそう水量は多くないはずだ。おじさんは尻のポケットから雑誌のようなものを取り出して、これがその滝だと写真を見せてくれた。う〜ん落差はそこそこありそうだけど…。まあ、くっついていくのはそれこそ冷水ですからやめときましょう。では、気をつけて行ってきてください。こんな会話が、スムーズに運んだわけではない。秋田の人なのか、言葉を聞き取るのに苦労しながらである。
そこへまた、釣り道具を抱えた短パン姿の女性が、人なつっこい様子で、にこにこしながら現われ「こんにちわ!」と近寄ってきた。「おや、女性の釣り人はめずらしいですね」というと、今度は標準語でよくわかる。川崎の人で、車で一度出かけると10日くらいは一人であちこち回っていて、今夜はそこの旅館に泊まるのだという。
釣りが好きなので道具もいちおう積んできたけど、そっちはどうですかと、堤防の上にいるでんでんむしに聞いてくる。わたしは釣りじゃないんですけど、こっち側はテトラポットでこの先は浅瀬の岩場ですよ、というと、テトラは危ないので苦手なんでじゃあこっちにしましょうといって、港の岸壁に糸を垂れる準備を始めた。
しばらく、潮瀬崎が港口に見える岸壁に座って、遠くからその釣り人の様子を眺めていると、けっこう竿が上がっている。港の中でも魚影は濃いようだ。…と遠目にも見える着ているパーカーと同じ赤い色の魚を釣り上げた。近寄ってみると、カサゴのようだ。刺されないように気をつけてというと、タバコの箱をおいてケータイで写真に撮って、それからタオルでおさえて針をはずし、これはリリースしましょうねと、ぽんと海に投げた。青い港の水の中に赤い姿はすぐに溶け込んでいった。
「一人で気ままに行くのがいちばんですねえ」と、その人がぽつりという。「そうですよねえ」
ここは船川港本山門前という地名の通り、大きなお寺の門前町としてできた町らしい。菅江真澄が訪れたという記録にある寺とは名前が違うようだが、この寺のさらに上、山の中腹には五社堂というものがあって、なんでもここが男鹿のなまはげの元締めであるらしい五体のなまはげが祀られているのだという。
男鹿半島は、実は山地はそれほどでもなく、標高700メートルほどの本山という山を中心とする山塊が、この半島の西の海よりにぴょこんとあるだけで、こここそがなまはげの本貫の地なのである。
大きななまはげの像が立つ駐車場には、地元の漁師のおばさん達が土産物を売るテントを並べていて、たまに車が来るたびに声をかけて誘っているが、そう売れる風でもない。
ここで、西の空が色づきはじめるのを見ながら、今夜の宿の車が拾ってくれるのを待つ。男鹿からのバスも本数は多くない。それに、そのバスもここが終点で、ここから先、北へ進むには車以外に方法がないのだ。
▼国土地理院 「地理院地図」
39度51分28.75秒 139度45分21.86秒
東北地方(2007/09/05 訪問)
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