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151 トノマ岬=松前郡松前町字館浜(北海道)アイヌについてはほとんど知らないけれど [岬めぐり]

 ここも昔は鉄道が走っていた。それがなくなってみると、松前町はやはりはなはだ不便の地である。松前を訪れるのももちろん初めてである。実は、ここはすぐに「松前藩」を連想してしまって、あまりいいイメージがなかった。それはこの藩が和人の代表として唯一北の大地に城(もっとも、城ができたのは江戸も終わりだったが)を構え、アイヌを圧迫した拠点となっていたことを想像するからであろう。
 問題の性質はそれとはかなり異なるが、「ゴローニンが幽閉されていた場所」でもある。北海道は北辺の脅威に常に向きあっていた場所であり、最前線でもあった。
 ただ、広大な北海道のいちばん南のはずれの端っこの、わずかに南の海に向かって開けた平地はあるが、1000メートルの峰が北から白神岬まで尾根を延ばしており、西も町の境まで同じような山並みに囲まれた土地である。ここに和人が拠点をつくり物産を集積する場所をつくり、藩だと自称してみたところで、子象の背にとまった蚊のようなものであったろう。しかし、その蚊が吸い続けた血は、少なくなかったはずである。

 観光用に整備された松前城のなかには、何枚ものアイヌのリーダー達の絵姿が飾られている。それは、いったいどういう意味をもち、彼らは何を語らんとしているのだろうか。
 城の太い柵の間から見える海は、ここから日本海の沿岸を伝いながら京まで西日本まで往復する北前船でつながっていた。それだけを考えると、北海道の玄関口の位置としては、理にかなっていたのかも知れない。
 松前の北側には、港と陸続きになった島が見えるが、ここは残念ながら岬ではない。岬はここから5キロほど北に行ったところにあるトノマ岬がそうなのだが…。


 でんでんむしが生まれ育った広島には、三角州のうえに広がる街の北側に姿のよい山がある。その名を武田山といい、毛利元就が覇権を唱え始めるまで安芸の国の守護であった武田氏の名前をとったものだ。
 松前に来て、驚いたことは、その安芸の武田氏と松前氏が同族であったと、城内に掲示してあったからだ。武田氏の一部が松前にやってきて松前氏を名乗るのは戦国時代のことで、以来廃藩置県になるまでほぼ一貫してそれが続いたという点では薩摩の島津と並ぶめずらしい例である。これはもっぱら蝦夷地というものが、当時の日本人はもちろん支配階層の間でもはっきり認識されずにきたということが大きく、島津の場合とは少々事情は異なる。
 当時の経済体制では、コメが採れない領地を経営していくのは至難の業であったろう。松前氏が1万石だったというのも、実質の石高というより、備忘価額的につけられたものだと思われる。ニシンが獲れ、漁業で成り立つうちはよいが、それも長くは続かない。松前の町を歩いていても、あまり過去の“繁栄”を感じさせ、土地が潤ったという雰囲気を思わせるものはない。利益を得たのは誰だったのか。

 いつも不思議に思うのは、人の動きであり、氏姓のつながりであり、民族の軋轢と抗争と興亡の歴史である。
 アイヌのことを、ほとんどというよりなにひとつ知らないことを、われわれはどう考えればよいのだろうか。それはネイティブ・アメリカンもインカも同じなのだろうか…。

▼国土地理院 「地理院地図」
41度26分50.48秒 140度2分23.24秒
151とのまみさき-51.jpg
dendenmushi.gif北海道地方(2007/06/25 訪問)

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タグ:北海道
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knaito57

松前船! 江戸へ向けた海産物は高瀬舟に積み替えて利根川をさかのぼり、関宿から江戸川を下ったものです。昔の主要な運輸・交通手段は船だったんですねえ。
「いつも不思議に思うのは、人の動きであり、氏姓のつながりであり、民族の軋轢と抗争と興亡の歴史である」には、同じ思いがあります。今日では先住民や少数民族など被支配者への目配りは一般的になっていますが、私の場合「書かれなかった歴史」や「られる側」の視点に意識がいくようになったのはやはり『殺される側の論理』でした。
それにしても「岬版・伊能忠敬」ですねえ。国内にも未踏地だらけの私は、あちこち出かけるのは「老後の愉しみ」にとっておいてあるんです。
by knaito57 (2007-09-03 10:08) 

dendenmushi

@川が運送の主要な役割を果たしていたというのは、今の川しか知らない現代人やこどもには、ちょっと理解しにくいところがあるかもしれませんがね。
明日からまたネタ仕入れに行ってきます。
こんどは、去年欲求不満だった男鹿半島をぐるりと全部めぐって、山形に降りてこようと思うのですが、また台風に遭遇しそうですね、この分だと。
by dendenmushi (2007-09-04 19:43) 

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