139 岳ノ鼻=北九州市門司区大字喜多久(福岡県)新北九州空港ムリヤリ岬にかこつけて… [岬めぐり]
関門海峡は、宇部にいる叔母のおかげで、昔から何度か来ていた。長いこと、東西に開かれているような結構アバウトな認識のままでいたが、この海峡は北東=南西というより、ほぼ北北東=南南西方向に流れている。45度とちょっとくらいの違いなどどうでもいいように思われるが、そういうものでもない。
これは、北九州市の門司区が、半島状になって周防灘に突き出しているからで、その先端の灯台のある部崎から南には中小の岬が連なる。櫛ノ鼻、網ノ鼻、ムラクノ鼻、日出シノ鼻、岳ノ鼻、元取ノ鼻…。およそ5〜6キロの間に、ここだけにこれだけの岬の名が地図上に残っている。しかも、それより南は、北九州港や空港や埋め立て工事で消えたものもあるのかも知れないが、国東半島まで岬はまったくない。これも不思議なことだ。
そこで、これら全部は無理でも、少なくとも部崎へは行くつもりでいた。ところが、ここがまた比較的市街地に近いわりには、おそろしくバスの便が悪いところである。おまけに、台風が東海から関東へ向かっているため、朝から新北九州空港の発着便が欠航になったままである。空港や航空会社に何度電話しても、まったくつながらない。こういうときは、とにかく空港へ行ってみるよりしょうがない。というわけで、とりあえず妙見崎からの帰りに、黒崎で降りて、そこから早めに空港行きのバスに乗った。
北九州空港がどこにあるのか知らないが、新北九州空港は長い橋を渡って海の上に突き出ている。この橋の上から滑走路沿いに北を見ると、岳ノ鼻から部崎までが見えている。そのはずである。
部崎へは、またの機会ということして…。
予約していた前の便は、羽田に着陸できない場合は引き返し承知で搭乗手続きを始めたが、どうやら台風は洋上へ抜けたようだ。
航空券もANAで予約していたので、まったく予備知識なしにやってきたが、ここから一日12便羽田へ飛ぶのはスターフライヤーという聞いたことのない航空会社の飛行機だった。新北九州空港ができて、新航空会社もできたものらしい。聞いたこともないはずで、この航空会社はいまのところ羽田=新北九州空港専用なのだ。
その名もライト兄弟の一号機からとったというのも、新会社の設立も“フライヤー号初飛行から100年目の同じ日”とこだわっているのも、清新な意気込みに溢れていて、気持ちがいい。
スポットに入ってきたのは、機体が全体黒っぽいエアバスA320である。これに乗るのも初めてで、ものめずらしい。シートも黒い革張りで、国際線と同じように前にディスプレイがついている。
客室乗務員の制服もパンツスーツっての? お約束のタイトスカートでなくズボンである。機内サービスもコーヒーはTULLY'Sのチョコつき…と、どこまでもこだわっている。その精神は大いに気に入った。
昔、飛行機のプラモデルづくりに凝っていたことがある。当然、フライヤーもつくったし、東京を空襲し広島に原爆を落としたB-29も、小さいヤツをつくった。8月6日に東の空から銀色に光りながら飛んでくるそれを仰ぎ見た記憶をなぞりながら…。いろんな飛行機を何機もつくったが、みんな壊れてしまった。きょうのニュースでは、YS-11などが「機械遺産」になったそうだ。
ライト兄弟が人類初の飛行に成功したのが、いまからたった104年前とは思えないほど、航空機は発達してきた。それもこれも、レオナルド(「全日本空輸」といっていた頃のANAのマークは、彼の考案した“螺旋状の回転翼を持つ空飛ぶ機械”だった)や二宮忠八(八幡浜のところでちょっと書いたが、彼はライト兄弟に一歩遅れを取った)や、多くの人々の「鳥のように空を飛びたい!」という夢があったからこそなのだ。
その発達を支えたのは、なんといっても(なにしろ戦争が終わって62年なのだから!)戦争の道具として…という強力なニーズがあったからこそではある。
だが、それを割引してみてもなお、毎回飛行機に乗るたびに、人間もすごいな、捨てたもんじゃないなぁ、とそう思う。
▼国土地理院 「地理院地図」
33度54分18.86秒 131度0分20.12秒
九州地方(2007/07/15 訪問)
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