126 弁財天岬=賀茂郡南伊豆町手石(静岡県)ホタルの光ナゾもとけて弓ケ浜休暇村 [岬めぐり]
西伊豆に比べると、東伊豆は別に岬めぐりという目的でなくとも、あちこち何度も訪れている、そういう人は多い。その東海岸のいちばん南が、この弓ケ浜であろう。弓のように湾曲しているというのでその名がついたという広くて大きくて長い海岸は、砂浜の魅力をたっぷり含んで、独特の弧を描いている。
瀬戸内海育ちのでんでんむしには、こういう海の景色はなかなかめずらしかった。砂浜はあってもこんなに大きいのはないし、遠浅でもない。花崗岩質の土地では、砂もこんなにきめ細かいものはない。ここで、強い南風からこの砂浜を守るように延びているのが弁財天岬である。
およそ砂浜というものは、夏の一時期海水浴客がくる以外、地元の人々の生活の糧を得る場所とはなりにくい。おそらくはこの砂浜をつくるのに貢献したであろう青野川を、弁財天岬から北へ遡ると、その川沿いにぎっしりと漁船が並んでいる。砂浜では港にならないので、手石という漁港は、川を港にしているのだ。その反対の川の東側は、漁港らしい風物はほとんどなく、民家の間に保養所や民宿などが入り交じる。
青野川を港としたそのおかげで、季節を問わず浜の魅力を求めてやってくる人が多いこの美しい砂浜は守られた。よくあるように、浜の半分ないしそのほとんどをコンクリートの堤防とテトラポットが埋め尽くしている、というような光景は、ここにはない。群馬県からバス二台を連ねてやってきた高校生たちが、わざわざここでバスを停めて、記念撮影をしている。背景の弁財天岬も誇らしげだが、この写真に写るこどもたちの誰がその岬の名前を知っているだろうか。
海岸には、定番の松の並木もあり、昔と変わらぬ…といいたいところだが、海岸に面した東西の端には、昔にはなかった旅館の大きな建物が目立っている。弓ケ浜といえば“民宿”、と相場が決まっていたようなものだが、けっこう値段も高級であるらしい旅館までできるようになったのだ。ここには温泉もあるからだろうが、これはここを掘ったら湧いたというわけではなく、湧出量の多い下賀茂温泉から引いている。
民宿経験もあるが、でんでんむしが何度かきて主に泊まっていたのは、「休暇村」である。ここに泊まって、台風接近で高波が押し寄せるなかを面白半分に背丈を越す波と戯れたこともあった。今思えば、それは紙一重で事故につながりかねなかった。なにしろ、高い波に身体が丸ごとさらわれて、ごろごろと波に巻き込まれて何メートルも先に放り出される。まさしく全身が翻弄されるというそんな経験も、ここの海岸で初めてしたものだ。
よく考えると、変な名前だが、これはもともと厚生省かなにかの主導でできたもので、当初は「国民休暇村」と呼んでいた。これができたのは、およそ今から45年も前の頃のことである。
その当時は、まだまだ一般の庶民にとっては“旅行”などという贅沢は、とてもとても許されることではなかった。宿泊施設も、今とは比べものならぬくらいで、いざどこかに泊まるとなると大変に苦労もした。そういう時代に、国民が安い値段で自然豊かな場所で休暇が楽しめるように…というお上のありがたいご配慮があったのである。
確か最初にできた当初は、全国に10個所くらいではなかったか(そのうち5個所くらいは行きましたな)と思うが、今では「休暇村」も36個所に増え、経営も申込書を書いて送ると許可が下りるといったお役所的運営からはとうに脱して、なかなか気持ちのこもったサービスも充実している。
弓ケ浜の休暇村南伊豆は、若い女性のグループやお年寄りを連れた家族などにも人気であるらしい。老朽化した旧館を建て替え、収容能力も増えるとかで、工事が始まっていた。
休暇村のロビーから、松林ごしにも見えている弁財天岬は、どうしてそういう名前になっているのだろう。実はそれまでは、あまり気にしたことがなかったのだが、今回、ずっと青野川の河口まで歩いていって、なるほどと納得がいった。
岬の先端の岩場には、ちょうど仏像のような形をした岩が立っている。これを阿弥陀さまでも観音さまでもなく、弁財天さまだとした漁師たちの飾らない気持ちがわかるような気がした。
その夜、休暇村では“ホタル観賞ツアー”に、希望者を連れて行くという。ホタルは随分長いこと見ていない。用意された休暇村の大型バスは、希望者で満席だった。若いスタッフが運転手兼ガイドを務め、連れていかれたのは下賀茂の加納のあたりらしかったが、暗闇でどこかはわからない。ホタルもいるにはいるがものすごくたくさんというわけでもない。ちらりほらりという程度だが、何十年ぶりかのホタルであった。
ホタルといえば…。
このブログで、最初テレビ時評を書いていた頃、テレビの大河ドラマのホタルが点滅しないのはおかしい、あれは新種のホタルかと皮肉を書いていた。というのは、でんでんむしの記憶にある辺り一面を乱舞するホタルは、飛びながらもゆっくりと点滅し、すーっと光が消えたかと思うとまたポッと明りがつくといったものである。なのに、テレビドラマのホタルの明りは、消えるということをしないで、つきっぱなしのまま飛んでいる。それはおかしいだろう、と指摘したつもりだったのである。ホタルツアーに参加を申し込んだのは、それを確認するためもあった。
下賀茂のホタルは、確かに消えることは消えるが、記憶にあるホタルのようには点滅が目立たない。あれ? そうすると、テレビドラマのように消えないのもおかしいが、でんでんむしのいうようにしきりに点滅するというのも、記憶違いなのか?
なにやら、釈然としないまま帰ってきた。
ところが、である。あとで聞いた話で、なにごとにもちゃんとわけがあるものだと、感心した。
それによると、専門家がいうには、“関東のホタルは点滅は40秒に一回だが、関西のホタルの点滅は20秒に一回”なのだ、というのだ!
34度37分43.59秒 138度53分29.86秒
東海地方(2007/06/08 再訪)
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